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ゴービーッシュ城、グライン嶽――
騒々しい大広間からコッソリ抜け出した幼いギリザンジェロは、
廊下の脇で岩壁の陰に忍ぶせまい階段に向け、
使用人たちに気付かれないよう抜き足差し足で進んでいた。
ひんやりとした岩肌にはさまれ、格子からかすかに入る乏しい光が足元に届きかねている薄暗い階段を上がると、
とてつもなく広大なバルコニーに出る。
だが、断崖絶壁に囲まれたこのバルコニーも明るい光とは縁遠く、
太陽の日差しがさえぎられ暗然としていた。
「フンッ! つまらぬパーティーだっ!」
ギリザンジェロは、バルコニーの欄干にもたれかかり小石を蹴った。
コロコロ転がっていく小石が行き着いたのは、つい今しがた自分が上がって来た階段の前で悠然と佇む母、マーデリンの足元だった。
母の背後には、乳母のサア婆がひかえている。
「は、母上!?」
誰にも気付かれず上手く抜け出したと思っていたギリザンジェロは、目を丸くして驚いた。
「ギリザ。このような所で何をしておるのじゃ?」
マーデリンはあくまでも冷静に問いかけたのだが、サア婆は正反対だった。
「ギリザンジェロ様っ! お父上のお怒りを買う前に、どうか大広間へお戻りくださいまし!!」
サア婆は矢も楯もたまらず、ギリザンジェロにけたたましく呼びかける。
「……イヤだっ。戻るものか! 父上は俺様の誕生日など祝ってはおられぬ!
そろいもそろってマヌケ面の客どもにもてはやされ、いい気になっておられるだけだっ。
だから俺様は父上の顔に泥をぬってやるんだ!」
「……ギリザよ……」
唇をかんで涙ぐむ我が子のそばへ静かに歩み寄り、マーデリンはその細い肩にそっと手を置いた。
「そなたの気持ちはよう分かる。なれど、王子としてのつとめを放棄するなど許される訳がなかろう?
腹の底はどうあれ、父上の前では従順な息子を演じておけば良いのじゃ」
「母上が何と言おうと、パーティーが終わるまで俺様はここから離れません!!」
ギリザンジェロは母に背を向け、欄干にしがみついた。
父の愛情と次期王の座を秤にかければ、この頃のギリザンジェロはまだ、愛情を求めていたのだろう。
さすがのマーデリンも、我が子の頑なな気持ちをゆるませる策を見い出せず、
否が応でも連れ戻すのも不憫でならず、困り果てた。
「どうしたものか……」
マーデリンは頭を悩ませる。
悩みながらふと、バルコニーの外階段に目をやると、王のシェードであるゼスタフェが颯爽と階段を上がって来た。
「ゼスタフェ……? いかがいたした?」
「王より、例の“モノ”をお預かりして参りました」
「例の……? それはもしや、ギリザへの贈り物であるか?」
母の言葉を耳にするや、ギリザンジェロは欄干から離れ、ゼスタフェの方に視線を向けた。
すると、ゼスタフェの後ろから、見覚えのない黒い子魔馬がひょっこりと顔を出したではないか。
「こ、子魔馬……!?」
黒光りしている美しい毛並みといい、子供ながらも頑丈そうな体躯といい、
誰の目から見ても優れた血統の子魔馬である事は明確だ。
「まあまあ! なんと素晴らしい魔馬でございましょう!」
サア婆は、長細い茎のような両手の指を組み合わせて歓喜した。
「ギリザ。この魔馬は父上からそなたへの誕生日プレゼントであるが、今回はいつもと違い特別な意味が込められた贈り物なのじゃ」
「特別な??」
ギリザンジェロの目線まで腰を下ろし、マーデリンは目じりを下げてうなずいた。
「我がガフェルズ王家のしきたりでの。
王は、息子の王子としての資質を認めた時、その年の誕生日に、王子と同じ日に産まれた最高級の子魔馬を授けるのじゃ」
「最高級の……」
ギリザンジェロは手の甲で涙をぬぐい去り、そろりそろりと、黒い子魔馬に近づいて行った。
「この魔馬は、王ご自身が各地に足を運ばれ、その高い鑑識眼をもって王子のために厳選なさった魔馬でございます」
ゼスタフェは、淡々と説明する。
「俺様のために? あの父上が……?」
半信半疑ながらも、ギリザンジェロは胸の奥に嬉しさをにじませた。
「さあギリザ。その子に名をつけてやるが良い。そなたの魔馬であるぞ」
母に言われ、ギリザンジェロはワクワクしながら子魔馬の名前を考えた。
そして、父の愛魔馬がブンブンという名前である事から、自分の魔馬にふさわしい名前をすぐに思いついた。
「ギンギン……! 今日から貴様はギンギンであるぞ!!」
照れくささを隠すため、ちょっと乱暴にギンギンをなでるギリザンジェロの小さな手はまだぎこちなく、
グシャグシャになでられもつれてしまったギンギンの柔らかく短いたてがみはまだ黒いまま、深い緑には染まっていなかった。
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