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――――――――――――――
「元気出してけろ」
「はっせんは、負けてなんかねえだよ」
ガックリ落とした煎路の肩を、後ろからポンッと叩いて励ます声がする。
「何言ってやがる。負けたじゃねえかよ……」
煎路が力なく振り向くと、髪を三つ編みにした男の子と女の子、そっくりな顔立ちの二人の子供が立っていた。
男の子は後ろでひとつに束ねた、女の子は左右二つに分けた三つ編みで、
シャツの胸元で結んだバンダナ、サスペンダー付きのショートパンツ、膝上までの長い靴下、服装の全てが色違いのおそろいの双子だ。
レースを観戦しに来ていたどこぞの兄妹だろうが、煎路は不思議と見知らぬこの双子に、なぜかちょっとした親しみが持てた。
なぐさめてくれたからなのだろうか……?
「……ありがとな。俺なら大丈夫だ。復活力だけは人一倍だからよ……
おめえら、親が心配すっから早いとこ戻りな」
「オラ達、おめえさにどうしてもあやまりたくてよ」
「はっせんは、あだす(あたし)らを助けるために負けちまったから……」
「……はあ? お前ら何言ってんだ??」
子供たちは唐突に、意味不明な事を言ってきた。
そのしゃべり方は可愛らしい外見には似合わない、けっこうな田舎の出身であろう強いなまりがある。
煎路はますます、この双子に親しみが持てた。
それにしても、はっせんの敗北とこの子供たちがどう関わっていると言うのか??
「おめえさはオラ達を袋づめにして、はっせんにくくり付けたまんま忘れちまってたろ?」
「そんであだすら、レースの最後になってはっせんの体からも袋ん中からも振り落とされちまってよ。
はっせんの足に必死でしがみ付いてただよ」
「はっせんはそれに気が付いて、オラ達が落っこちねえようスピードをゆるめてくれたんだべ」
「はっせんに……? 俺がくくり付けたのは……」
幼い少年の言葉から、煎路はいわくつきの人形店で二体の人形をもらい受けた時の記憶を鮮明にした。
「あん時……人形を袋につめ込んで、はっせんに……」
「んだ! くくり付けてそのまんまにしてたっしょ?」
「思い出してくれただか?」
子供たちはニコニコと、無邪気な顔で煎路を見つめてくる。
「そ、それじゃあ何か!? お前らがあの最強の人形たちだって言うのか!?」
「んだんだ!!」
「はっせんのおかげで、あだすらは元の姿に戻れたんだべっ」
「元……の……?」
煎路は二人をまじまじと見比べた。
彼らの目と髪の色は、空色に白い曲線がうっすらと混じっている。
まるで、南国の砂浜に寄せては返す波のようだ。
おそらく種のイメージは、ブルーレースアゲートだろう……
とても信じられないが、似ているを通りこして、あのほの暗い店内で受け取った人形たちそのものだ。
親しみが持てたのは、そのせいだったのか――?
「そ、そんなら、お前ら自分の名前を言ってみろ……」
「オラはスワンだ! ほんでもってコイツが双子の妹、ミルクォンヒ!」
「言っとくけどよ。あだすは“ミルクなんたら”じゃねえだよっ。それに、乳くさくもうさんくさくもねえだ!」
煎路は仰天して尻もちをついた。
名前だけでなく、店の主と煎路しか知り得ない会話のやりとりまで聞いていたような口ぶりだ。
「オラ達は魔女の魔法にかけられて、人形にされたんだべさ。
その上、あきたら魔女にポイ捨てされちまって、巡り巡ってあの店にたどり着いただよ」
「おめえさが店に現れた瞬間ビビッときたでな。
チャンスだと思って店主にありったけの念を送って、オラ達がおめえさの手に渡るよう仕向けたんだべっ」
「……念だと? そういやあのじーさん、人形が選ぶとか言ってたよな……」
「人形にされてしゃべんねえ期間が長くなっと念力が強くなってよ。
だから店主にオラ達の名前も伝えられただよ」
「あだすの名前はちゃんと伝わらなかったみてえだけどな」
「……最強ってのは、そうゆう事だったのか……」
「信じてくれただか??」
スワンとミルクォンヒは、座り込んでいる煎路に片方ずつ手を差し出した。
子供特有の丸みのある二人の手を、煎路は両手でそれぞれつかんで立ち上がる。
「ホントに人形だったんだな、お前たち。それにしても、どうやって魔女の魔法が解けたんだ?」
「はっせんの優しさだべ!」
二人は寸分の狂いもなく、声を合わせた。
「優しさだぁ!?」
「優しさとか愛情とか、魔女はおキレイな感情が大の苦手だでな」
「勝てるレースを棒にふってまでオラ達を守ってくれたはっせんの本物の思いやりが、魔女の魔力を無力にしたんだわさっ」
「そんな簡単な方法で良かったとはな……
それが本当なら、魔女と対峙するよりマリちゃんを探し出す方が手っ取り早いって事か……?」
煎路は指であごを支え、真顔でポツリとつぶやいた。
「マリちゃん? ああ、とびっきり美人のビスクドールの事だか?」
「なんだかよ……それこそうさんくせえ気がしてなんねえべ? 魔女に人形に変えられた娘っ子なんてよ?」
「ああ!? お前らだって魔女にやられて今の今まで人形だったろうが!
効力を発揮するだのうまいこと押し付けられたってのに、裏を返せば俺とはっせんの足を引っぱる貧乏神みたいなモンだったけどよっ」
「貧乏神ぃ!? おめえさ、そいつぁ言い過ぎだんべ!?
いいか? よく聞け? あだすらは選ばれし王家のシェード……」
「ミルクォンヒ!!」
スワンはミルクォンヒの後ろから手をまわして彼女の口をふさいだが、煎路はもちろん聞き逃していなかった。
「シェードだって? お前たちが……?
デタラメ言ってんじゃねえぞ。ただのいなかっぺのガキンチョじゃねーかよ」
「!!!!」
煎路の発言に再びカッとなったミルクォンヒは、自分の口を押さえ付けるスワンの手をつかんで力いっぱい首元へずらし、声を大にして言い返した。
「おめえさこそどこの田舎モンだ!? そげな変てこななりしてよっ。
だいたいあだすらはガキンチョなんかじゃねんだ! 魔法にかけられてなきゃ今頃は……!!」
「今頃は? なんだってんだよ」
「今頃はもう、こげな子供じゃねえっつってんだ!」
「いいかげんにすっだ!!」
周りをかえりみずわめき散らすミルクォンヒ。
そんな妹に腹を立てたスワンが強引に彼女の背中を押し走り出すと、
向かい合っていた煎路はミルクォンヒにタックルされる形で後ろ向きのまま押され続け、
三人はその状態のままコースからどんどんと離れて行った。
誰も居ない、人目のつかない観客席の裏側まで来ると、スワンは煎路と妹を二人まとめて草地に突き飛ばした。
「うわっっっ!!」
煎路は草地に仰向けに倒れ、ミルクォンヒは煎路の身体の上に倒れ込む。
「な、なにすっだよ、スワン!!」
「それはこっちのセリフだ!
おめえ、マト王子に恥かかせっ気か!? あげな所ででっけえ声でベラベラと……!」
「だ、だってよぉ……あんま悔しくってよ……」
「こらこらっ、クソガキども! 兄妹ゲンカに俺まで巻きこむんじゃねーぞっっ」
煎路はミルクォンヒを払いのけ、勢い良く起き上がった。
「オラ達はガキじゃねえっ! 成長が止まっちまっただけだ!!」
今度はスワンが、大声で言い返した。
「……成長が、止まっただと?」
「……」
「そいつはどういう事だ?」
「……聞いてくんろ……」
スワンはうなだれ、自分たち兄妹のこれまでの人生を煎路に話し始めた。
かなりの田舎で育った二人だが、生まれながらの身体能力に恵まれており、努力と訓練を重ね、念願だったドリンガデス国第三王子のシェード候補として選ばれた。
シェード見習い期間に憧れのマトハーヴェン王子と数回ゴービーッシュ城で会えたものの、
後日、不運にも魔女と出くわし力及ばず魔法にかけられしまい、王子とはそれっきりであると言う。
そして現在、本来なら大人への階段に足を掛けた思春期を迎えているはずが、人形にされた当時の、子供の容姿のままである事など……
「なるほどな。魔法が解けても、ホントの年齢の姿には戻れなかったってワケか」
「あれから数十年たってるだ……
マト王子は、行方をくらました単なる“候補”のオラ達なんか、忘れちまってるに違えねえ……
今ではきっと、オラ達とは別の正式なシェードが付いておられっだよ……
それなのに、今さらオラ達がシェード候補だなんて誰にも聞かれちゃなんねんだべ……
まして、魔女にあっさりやられた者がほんのちっとの間でもシェード候補だったなんてよ。マト王子のメンツにかかわるってもんだわさ……」
「……すまねえ、スワン……あだす、あだすは……」
ミルクォンヒは言葉をつまらせ、目に涙をため込んだ。
「ミルクォンヒ、立つんだ。村へ帰ろう……
今頃はオラ達の村でも祭りでにぎわってんべ? 魔豚レース、懐かしいだろ?」
スワンは泣くまいと、グッと涙をこらえて笑顔をこしらえた。
やっと魔女の呪縛から解放され、偶然にもマトハーヴェン王子の故郷であるサトナシの里まで来られたというのに、王子に会えぬまま立ち去らなくてはならない。
この現実を改めて直視した双子の兄と妹は、みるみる元気をなくしていた。
つい今しがたまで、あんなに明るく煎路を励ましていた二人がこんなにも落胆し、感傷にひたっている。
「あ、あのな、お前ら。とりあえず王子とやらに会ってもらえばいいんじゃねえのか?
もしかしたら覚えてくれてるかもしれねーしよっ。
会ってもらうのがアレならソレだ、手紙でも書いて送るってのはどうだ!? それがダメなら……」
しめっぽくなったこの雰囲気をどうにかしよう、次は自分が兄妹を励まさなければいけないと、煎路があれこれ方法を考えている時だった。
コツ、コツ、コツ、
煎路たち三人の方に向かい、質が良いであろうブーツの足音が近づいて来た。
歩き方に品を感じさせるその足音は、三人のすぐそばまで来ると、ピタリと止まった。
「村へ帰るだって? 長い時を経て、お前たちの任務はようやくこれから始まるはずだろう?」
「!!!!」
足音の主の、心地よい声色がそよ風のごとく耳を通りぬけると、
スワンとミルクォンヒの胸が激しく鼓動を打った。
忘れもしない、そのまろやかな、耳触りの良い声、口調……
もしや……もしやと、二人が顔を上げ振り返ると――
そこには紛れもない、憧れ続けた第三王子の姿があった。
「マ、マト王子!?」
ソフトな木賊色の目に、ブルーの髪。
高貴な育ちであるにもかかわらず、王子は気どらない気さくな人柄を全身でかもし出している。
「し、信じらんねえべ……」
「んだ……んだ……」
夢にまで見た王子が、手の届く距離に存在している。
それどころか、ずっと以前に数回会っただけの自分たちを、覚えていてくれた。
自分たちに気が付いて、わざわざ出向いて来てくれた。
この上ない喜びで胸がいっぱいだ。
必死で感情を抑えていたスワンでさえこらえ切れずその場に座り込み、ミルクォンヒと抱き合って号泣した。
「さっきの話は聞かせてもらった。大変な目に合っていたんだな……
だが僕はずっと、お前たちが戻って来るのを信じて待っていたんだぞ」
「お、王子……」
「もったいねえ……」
数十年前より大人っぽくなっている王子の顔が、涙でかすんでよく見えない。
王子の言葉同様に、王子の顔がハッキリ見えない事すらもったいなくて仕方がなかった。
「ありがてえ……ありがてえけど、王子にはもう……もう……」
「別のシェードなどいる訳がないだろう? 僕の正式なシェードは、スワンとミルクォンヒ。お前たちだけなんだからな」
「……!! 正式な……!?」
一番聞きたかったその言葉、ほぼあきらめていた第三王子シェードの職を、まさか今ここでマトハーヴェン本人の口から任命されようとは……
しゃくりあげるスワンとミルクォンヒの震える肩に手を回し、マトハーヴェンは二人をやんわりと包みこんだ。
「困ったものだな。これじゃあ見た目通り、いつまでも子供と同じじゃないか」
「ヒック、ヒック……も、申し訳ねえですだ……」
これ以上、王子の情けに甘え泣いてばかりではいられない。
自分たちは名誉あるシェードとして承認されたのだ。
双子の兄妹は大きく息を吐いた後、ひとおもいに鼻水をすすり、あふれ出る涙をせき止めた。
さすが双子。全て同じタイミングだ。
「みっともねえとこ、お見せしちまっただです……」
「かまうものか。それより二人とも、よくぞ無事で戻って来てくれたな」
「それなんですけど王子。実はオラ達、さっきのレースに出場していた対抗魔馬に助けられただです……」
「あの魔馬に……?」
「はい。あそこにいる方がその魔馬の主人で、オラ達をここまで連れて来てくれたんですだ」
成り行きとはいえ、“彼”のおかげで王子と再会できたのだ。
スワンは、はっせんの主人である男を王子に紹介しようとしたのだが……
「あ……れれ……?」
男が居たはずの場所に、男は居ない。
立ち上がり、その辺を見回してもどこにも見当たらない。
「そんな……どっかへ行っちまっただか?」
「あだすら、ちゃんとお礼もしてねえのに……」
涙も乾かぬまま、呆然と立ち尽くすスワンとミルクォンヒ。
マトハーヴェンは腰を上げ、二人にきいた。
「あの者はいったい何者なのだ? あの魔馬もただの魔馬ではなかったようだが……彼の名前は?」
「名前……」
王子に問われても、二人は恩人の名前を答えられなかった。
「あだすら、名前もきかねえで……」
「なんてこった……」
なぜちゃんときいておかなかったのかと、兄妹は後悔していた。
思えば名前だけでなく、ビスクドールを探している事以外、彼について何ひとつ知らないのだ。
「魔馬の名ははっせんですが、主人の方は分かりませんだ……」
「ずいぶんと個性的な男だったな。それに、兄上に挑戦状を突きつけるようなマネをするなど前代未聞だ。
物怖じもせず、豊かなチャレンジ精神があの男には備わっている」
マトハーヴェンは、煎路に対する印象を美しく表現した。
スワンとミルクォンヒは、首をかしげて苦笑いする。
「いや、個性的と言うよりは風変りと言った方が……」
「豊かなチャレンジ精神というより、無謀でバカな破天荒というか……」
「だいたいあいつ、すんげえ口が悪かったですだっ」
「んだんだ。態度もすんげえ悪かったですだっ。だども、なんでかすんげえ頼もしい人だったですだ!」
「ハハハッ。お前たち、褒めているのかけなしているのか、どっちなんだ?」
「もちろん、褒めているだです!!」
双子のシェードは、恩人の男、煎路の顔を思い浮かべ、心の中で何度も何度も「ありがとう!」と、繰り返した。
姿形は昔と変わらずとも、今の二人は思いのままにしゃべる事ができ、思いのままに身体を動かせる。
そして何より、思い続けてきた王子をこれからシェードとしてお守りする事ができるのだ。
二人はこうも思っていた。
いわくつきの人形店で辛抱よく待ち続け、店を訪れる数知れぬ程の変な客たちを毎度見定めてきたが……
あのオレンジの男を選んだ自分たちの直感に、やはり狂いはなかったのだと――
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