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玄関を開けると、出勤の支度を終えた母が、鏡台から慌ただしく立ち上がるところだった。
まとめていたはずの髪は乱れ、ところどころに擦り傷を作って帰ってきた倫音に、母はあっけらかんと尋ねた。
「どうしたの? 男に襲われた?」
17歳の一人娘にダイレクトに吐くセリフじゃないだろう。
そう思いつつ、質問返しをしてみる。
「もしそんなことになったら、どうやって回避すればいいの?」
イヤリングの留め位置を気にしながら、何でもないことのように母は答えた。
「『殺すぞ』って脅されたなら、やらせなさい。生きててナンボ、命あっての物種だからね」
「やられちゃった後に、殺されたら?」
面白いネタ話を聞いたかのように「はははっ」と笑い声を上げ、またも当たり前のことのように返した。
「それは、運が悪かったと諦めるのね。戸締まり、気を付けるのよ」
前後に全く統一感のない言葉を掛けると、いかにも水商売の年増女という風情で出掛けて行った。
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