<第1章>妻の妊娠

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<第1章>妻の妊娠

今から二年前の春、4月にしては少し寒い日の朝だった。 平井雅喜は、妻の祥子と食卓を囲んでいた。 「ねえ、あなた。」 「何?」 新聞を広げたまま聞き返すと、 彼女は言った。 「私、妊娠したの。」 「え?」 祥子の顔を平井は見つめた。 結婚して10年、平井は44歳、祥子は42歳。 子どもは居なかった。 二人とも病院は違うが医師であり、 多忙な日々を過ごしている。 そろそろ自然妊娠も ラストチャンスかと思っていたが、 子どもが欲しいと言う具体的な話もせずに、過ごしてきた。 お互いレス気味で、もう諦めかけていたのだが。 彼が黙っていると、祥子が口を開く。 「ねえ、聞かないの?」 「何を?」 「誰の、子かって。」 祥子は、平井をじっと見つめる。 彼は何も考えられず、無言になった。 「少なくとも、ここ半年 私達は子供が出来るような事は、してないわよね?」 言われて頷く。 「お願いがあります。」 祥子がダイニングの椅子から、立ち上がった。 「離婚して、ください。」 彼女が頭を下げる。 結婚してから初めての 彼女からのお願いだった。 平井は何も言えなかったが、 しばらく考えた後で 「考えさせて、くれないか。」 と言う。 二人はその後黙々と食事をし、 いつもの通り、職場へと向かった。
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