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客の悲鳴が上がる。
前方から、何かが泳いできた。
丸い光の中、次第に詳細が露わになっていくそれには、手と足があった。肩があり、胴があり、腰がある。だが、顔が人間のそれではない。
魚に似ていた。丸く大きく、離れた目。耳まで裂けた口。鼻の穴は無い。
見る間にそれが、十人、二十人と数を増していく。
女性の悲鳴が再び上がる。
今度のそれは、恐怖の悲鳴だった。
だが、誰かが拍手をし始めた。
凄い出来だ! と若い男達の歓声が上がる。すると、場の空気が和んだ。
なんだ、という声があちこちからあがる。
CG、演出、本物かと思っちゃった、そんな声があちこちから上がった。
だが、俺はずっと足元を見ていた。
だから、そんな事を言う気には全くなれなかった。
ぴちゃぴちゃという音ともに、靴が濡れていく。床の透間から水が染み出してくる。強烈な海水の匂いが漂い始める。
なんだこれは、と年配の男性の声が上がった。
同時にあちこちで、びちゃびちゃと何かが跳ねまわる音がし始めた。
俺はゆっくりと立ち上がった。
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