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キョウははにかむ。
噴水のある中央広場を抜け、南通りに入る。この辺りからだんだんと木造より石造りの建物が増えてくる。いわゆる職人街で住居の他に鍛冶屋や武器屋、ガラス工芸店が軒を連ねていて、北通りのような喧騒はないものの、そちらでは味わえない独特の騒がしさを帯びていた。
工芸店では旅人と思しき衣装に身を包んだ者が店先に飾られたガラス細工に魅入っており、鍛冶屋の前で屈強な男が新調した武器を誇らしげに振り回している。
酒場のテラス席ではもうだいぶ出来上がった若者が「傭兵の本分とは戦うことではなく、生き抜くことである! 果たして敵前逃亡は褒章されてしかるべきだ!!」と息巻きながら剣先を天に向け、傍で飲んでいた肌着同然の服を着た(あるいは羽織った)美女が「私そういう独善的な人好き、一緒に飲も?」と腕を絡めていた。
そんな無骨で大衆的な街並みの中に暖かみのある木製の家屋がひっそりとしかして浮き上がるように、佇んでいる。
どちらかといえば東通りの住居区にありそうな建物である。
丸太を重ねたログハウス仕様で二階建ての家屋は、民家二軒を並べても余りあるその大きさと、なにより吊るされた看板の《Guild Yellow Turtle》の文言を無視すれば、お洒落な喫茶店かバーに思えた。
二階は突き出るようなバルコニーがあり、プランターに色鮮やかな花々が植えられていた。
「ただいまー」
リュウは観音開きの戸を片側だけ開け、その広い屋内全体に届くように言った。
キョウは手をキュッと握る。
(フレイさんやディはいいんだ。これが物語で、その終わりがハーレムエンドなら救いがある)
「お帰りなさい!」
カウンターの奥で作業していた少女がくるりと振り返る。長い茶髪のポニーテールがパサっと散らばり、にわかに後光のようであった。
(私が怖れているは他にある。他にいる)
少女はパタパタとこちらに走ってくる。
大きな瞳、ゆったりとしたオフショルダーの上着、揺れる胸、緩やかなロングスカート。すべてがキョウをざわつかせる。
(マヒロ・インクリット。これが物語ならば、きっと彼女が正妻だ)
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