プロローグ

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 人間にしろ、牛にしろ、馬にしろ、鶏にしろ、脊椎動物である以上動くものは目で追ってしまうものだ。生理作用の一つ反射神経が起因する。当然、この混沌とした動物も例外ではない。   バラバラな足遣いのまま通り過ぎた矢を頭で追う。分厚く大きすぎるトサカからは突風でも巻き起こりそうな勢いだった。  同時にキョウは詠唱を開始する。 「……我願い、欲すはあまねく森羅を絶許す其の抱擁……今ここに顕現し安寧を叶おう揺り籠とならん!《ヒアリスケージ》」  言葉とともに閃光を上げながら淡い緑の光を帯びた障壁が一行の四方に展開される。眩さのあまり再び正面を見る改獣であったが時すでに遅し。速度を下げる事無く障壁に激突し、慟哭を上げる。 (脳震盪とかしないのかな)  あるいはトサカがクッションになったのかもしれないが、だとしても今にも再起しそうな奇怪な生物に対して、キョウは嘆息する。 (でも、関係ないか)  今度はフレイが魔導書を構える。彼女の翡翠色の魔石が埋め込まれた腕輪が発光した。 「其の霹靂は蒼穹さえも切り裂く剣、我が共が持つはなまくらの愚刀。我願う、其の刃と共の刃相克するならば、其の温情を賜りて、共の刃に其の霹靂が纏うことを《ライググロー》」  短く、ささやくように唱える、魔導書を一ページ破り、空へ放る。  放った紙が淡く光る  ゆらり。  紙は花びらのように舞い落ちる。  リュウが抜刀する。 極めて自然かつ軽やかな刀捌きで、鋭く切った。 閃光とともに鈍色だった大太刀が小さくほとばしる火花を纏い白銀に輝いた。 下、上、右、下……さらに切り裂いていくと、その度に刀を纏う雷光はその光を増していく。 (ほへぇ……)  それを眺めながらキョウは自分の吐く息に熱がこもっているのを感じた。 (……やっぱかっこいいなあ兄さんは)  緊張感の無さも、場違いな思案も、すべては兄に対する恋慕が起因だ。兄の声を聞けば頭の中をくすぐられたような気分になるし、兄に笑いかけられたらいっつも耳から赤くなるし、兄が企てた作戦なら絶対成功すると盲信できる。  切り刻まれた紙は三度吹いた風にさらわれ散っていった。空を揺蕩う紙切れ達はいまだ淡く雷光を放ち、虚空でガラスが弾けたかのようで美しい。  フッとリュウは軽く刃を下ろす。零れた雷が雑草をわずかに焦がした。
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