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(まずは、焼き椎茸。厚揚げも一緒に焼いてやるか。里芋も茹でて……)  一升瓶を抱えて考えるのは、酒と肴のことばかり。  木枯らしが吹き荒ぶ凍える夜は、熱燗でキュッと一杯に限る。  今日は燗ピン二本に止め、翌日からは一本ずつ楽しむか。  自称江戸っ子のウチの親父ならば、ケチ臭え、としかめ面だろうが、ケチ臭くてケッコー!  冬は長いのだ。体を芯から温めてくれる上等な燃料(さけ)は、大切に飲むに限る。  浮足立って歩く内に辿り着いたのは、一軒のアパート。  キンキンに冷えた金属製の階段を上がった先、自宅のある階の通路に顔を向けた瞬間、目を見張る。  風で飛んできた枯れ葉が、隅やら排水溝に溜まりまくった馴染みの通路。  ズラリと並んだ茶色のドアと、錆びた郵便受け。  横殴りの風をモロに通す鉄柵。  そして、オレの部屋の前で、身を縮こませて佇む黒尽くめの男が一人。  後ろで括った長い黒髪と、黒の半縁眼鏡。  当人は鬱陶しい前髪と眼鏡で隠した気でいるようだが、どう足掻いても隠しきれない、ムカツクくらい美しい(かんばせ)。  そして、そのを台無しにしかねない、超絶悪い目つきと、常に見せている仏頂面(まるで、この世のすべてが気に食わない、とでも言わんばかりじゃあないか)。  見たところ二十歳くらい――だが、若く見えるのは外見だけで、実際の年齢は三十路手前のオレとどっこいどっこい――の野郎がそこにいた。 「ゲ! 矢潮」  思わず声を上げると、は横目でギロリとコチラを睨み付け、無言でオレん家のドアを顎で指す。  ――開けろ。そして、泊めろ、何日か。  前髪と眼鏡の奥に控える赤銅色の目が、そうオレに訴える。  ……いや、こりゃあ、命じてんな。 (うう、そうだよな。謝礼の独り占めはできねえか)  ヤケにエラソーな野郎と、大事に抱えた風呂敷を交互に見遣り、ため息ひとつ。  なにせ、この酒を頂戴できたのは、この男――矢潮がオレを介してS先輩の依頼を受け、怪奇現象の謎を解いてくれたからなのだから。
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