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 寒空の下で、オレの帰りを待っていた矢潮は、部屋に入るなり炬燵に直行した。 「お前、何時から待ってたんだ?」 「夕方」  炬燵布団を無理やり肩まで上げ、炬燵に齧り付く格好で端的に答える男に、「バッカでー」と呆れ声を上げる。 「喫茶店(サテン)で茶でも飲んで、テキトーに時間をやり過ごせばいいものを」 「この辺の喫茶店は、どこも愛煙家の巣だから嫌だ」 「左様で」  すっかり炬燵の主(コタツムリ)と化した腐れ縁としょうもないやり取りを交わす間も、オレは一升瓶を炬燵に置いたり、外からの冷気を遮断するべくカーテンを締めたり、薬缶をコンロの火に掛けて湿度調整を行ったりと慌ただしい。 「おい、お前のような忙しのない人間を"おばあちゃんみたい"と言うらしいぞ」 「それを言うなら、母親(オカン)っぽいじゃないのか。ほれ、馬鹿言ってないで、尻に根が生える前に銭湯行っちまえ」 「無体な」  極寒の北風がピウピウと吹き荒ぶ中、銭湯なんぞに行ったら確実に凍る。  そう宣う野郎の首根っ子を引っ掴み、銭湯セットを押し付けて、問答無用で外に放り出した。 「オレは野良犬臭ぇ奴を家にのさばらせるつもりはねえ! 四の五の言わず、とっとと長旅の垢ぁ落として来い、この万年浮浪者が!」 「横暴だ!」  非難しつつも渋々銭湯に向かう矢潮を見送ったオレは、間髪入れずに飯の仕度に取り掛かる。 (野郎二人が満足できる量の飯と肴なんて、ウチにあったか?)  そんな、やや主婦じみた杞憂を胸に、冷蔵庫を開けたのだった。 (しかしあの野郎、酒が届く絶妙なタイミングで来やがって)  先輩からも美味い飯と地酒をたらふく御馳走になったろうに、オレの所にまで態々やってくるんだもんな。 (まあ、腐れ縁と酒を酌み交わすのも、偶にならいいか。……腐れ縁、ね)  アルミホイルに載せた山椒味噌、厚揚げ、椎茸、長葱がグリルで香ばしく焼けるのを眺めつつ、ぼんやりとあることを顧みる。  S先輩の時もそうだったが、誰かに矢潮を紹介する際、一度は必ず問われるのが、矢潮(アレ)との関係性だ。  その返答についてはテンプレートがあり、まず、問い質してきた相手の目を真っ直ぐに見遣る。  そうして少し間を置いてから、にっこりと笑んでやるのだ。  ――まあ、腐れ縁というヤツですよ。  これくらいしときゃ、大抵は許して貰える。  人とはよくできたモンで、オレが作り笑いと、目を覗かせりゃ、そこはかとない不気味さを感じるらしい。アチラさんから下手に深入りするのを避けてくれるのだ(S先輩の場合は、電話での遣り取りだったから、ちっとばかし骨が折れたものの、なんとかなった)。  いやあ、しつこく問われないのは本当に有難い。  まあ、色々、あるんだよ。腐れ縁という関係には。  昔馴染み、悪友、遠からず近からずな親戚、檻の中のバケモノとその見張り役、檻を脱したバケモノとそれを手引きした共犯者。  ……ホント、色々とな。  で、そんな腐れ縁の職業は、手っ取り早く言うと、フリーの祓い屋だ。  祓い屋、もしくは祓い師、祓魔師とも言うそれは、人ならざるものを認知できる霊的能力者が、人に害為す魔や呪を退ける"祓い"を生業とする者である。 (ケド、矢潮(アレ)は格っつーか次元の違う、訳アリな祓い屋なんだがな)  その訳――出自と才能、少々特殊な生い立ち等――は、機会があれば追々話すとして、矢潮は只の、魔や呪を退けることしかできない祓い屋とは違う。  だからこそ、オレは『ウワバミ』に酒を呑まれて頭を抱えるS先輩に、奴を紹介したのだ。
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