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「先輩が家業を継いだなら、あの酒蔵も安泰だな。……って、ありゃ、矢潮の徳利満タンサービスは二本目までか」
三本目の徳利の中身は、八分目までほどよく入っているものの、先の二本がたっぷり満たされていた分、どうにも少なく感じてしまう。
「それはな、俺が慎重になったからだ」
「うん?」
何言ってんだ、と眉を顰めて矢潮を見れば、相手は素知らぬ顔で、ふかした里芋に塩を付けて頬張りながら告げた。
「この家には、大酒呑みな付喪神が多くてな。徳利は『酒をなみなみと注げ』と煩いし、布巾も『酒が欲しい』と宣う。小鍋は『サービスで酒を増やしてやろう』とお節介で、鍋に張った湯も酒を欲する始末だ」
「それで?」
なんだか嫌な予感がするが、恐る恐る話を続けるよう促すと、奴はおもむろに自分の猪口に酒を注ぎだす。
注いで……注ぎ過ぎて溢れた。
「三本目こそは上手く注げて、燗も完璧だったんだが……まさか、猪口と炬燵まで酒飲みとは仰天だ。ああ、でも猪口は下戸らしいな」
つまり?
一本目の燗ピンは徳利に酒を注ぎ過ぎて溢れ、布巾が吸っちまったと。
二本目も量の加減を誤り、燗によって酒が膨張して溢れ、鍋とそれに張った湯が呑んじまった。
三本目は慎重に注いだが、『下戸』な猪口が酒を受け止めきれず、今まさに、炬燵の上で水溜りに――炬燵の餌食となっちまったわけだ。
「おいおいおい、嘘だろ」
震える声で狼狽え、台所にある一升瓶を窺い、愕然とする。
今夜は、一合徳利三本分……おおよそ五四〇ミリリットルを熱燗にした。
一升瓶の三分の一程度減っているのが妥当な筈。なのに――
「なんで、残り半分になってんだ? 他所に呑ませ過ぎだろ、お前」
「これはまた参ったな。瓶まで酒を呑んでしまったのか」
「馬鹿言ってんじゃねえぇぇ!」
今回、発覚したこと。
酒蔵の付喪神も、五穀豊穣の神に属するものも呑み助なこと。
S先輩に思わぬ商才があったこと。
そして、矢潮は怪奇現象の謎を解く才は秀でているが、酒を注がせたら最後、とんでもない大損をするってことだ。
「酒が入った小鍋の湯は、お前が呑んでいいぞ。遠慮するな」
「呑むか、ド阿呆! お前はもう酒を注ぐな!」
そう矢潮に命じたオレは、八つ当たり気味に徳利を仰ぎ、その中身を飲み干したのだった。
後日、例の酒を"呑んだ"小鍋や徳利に、神の恩恵だか加護だかが溶け込んだのかなんなのか。それらで調理をした惣菜や安酒が、妙に美味く感じられるようになったのは、矢潮には内緒の、ここだけの話である。
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