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猫の恩返し
俺は猫だ。何故かなどと訊かれても答えられない、俺だって知らない。
気づけば俺は、かれこれ十数年は生きただろう年老いた猫になっていた。もう長くは生きられないだろう、そんな老体になって、いったい何があるというのか。
「みゃあ」
隣で子猫が鳴く。前足を揃えて猫背にお座りする俺に対して、子猫は伏せの姿勢で鳴いていた。
此処は、そこそこ広い一軒家の庭先、大きな窓から続くウッドデッキの下だった。目先に見える庭は雑草が生え始めていて、少し見っとも無い。
鼻を鳴らして臭いを嗅ぎながら、デッキの下から出て周りを見る。他の猫の姿はない、老猫の俺はともかく、子猫の母猫もいないようだ。
それからこの庭の主たる家を見上げれば、覚えのある家だった。その事実に光明を見出して、俺はデッキの下へと戻ると、未だに鳴き続けていた子猫の首根っこを咥えた。
「みゃぁ」
「にゃあお」
こんなところで鳴いていたって駄目だ。俺は子猫を咥えたまま、ウッドデッキに飛び乗った。
リビングに面した大きな窓にはカーテンが引かれているが、中から僅かながらに人の動く気配がする。此処で鳴け、俺は子猫の頭を鼻先で小突いて、手本のように一つ鳴いた。
子猫は俺の意図が分かったのかどうなのか、ともあれ、変わらず何度も鳴き出した。お腹が空いているのか、母猫が恋しいのか。
理由は何にせよこうして鳴いていれば事態は進展するだろう。そしてきっと、それが悪い方向に転がらないことも、俺は分かっている。
「鳴き声が聞こえると思ったら……小さい猫ちゃんに、大きい猫ちゃんだったのね」
カーテンが開いて、窓を開けた女性は俺と子猫を見ると目元を緩ませてその場に膝をついた。おいで、と優しく柔らかな声がかかって、俺はピタリと鳴くのをやめて女性を見つめる子猫の首根っこを咥えた。
この家には、少しばかり人見知りの気があるものの優しく、穏やかな老婆が住んでいる。思った通り嫌な顔一つしない彼女に招かれるまま、俺はリビングへと子猫を連れて入った。
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