猫の恩返し

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 老婆は佳代子という。二人いる子どもはどちらとも結婚し、一人は遠く離れた国内に、もう一人は海外に移住している。  夫には数年前に先立たれた。静かに進んだ病は気づけば手遅れで、佳代子は最期を病院で看取った。  (寂しがりの妻を残していくなんて、ひどい夫だ)  家の一室には仏壇が一つ置かれ、夫の写真も飾られていた。佳代子より幾らか若いのは、亡くなった頃に近い写真だからだ。  佳代子と夫は高校の同級生だったので、何十年の付き合いになる。よくある典型的な仕事人間、堅物のような男を見捨てることなく付き合って、その最期まで看取ったのだから、頭が上がらない。  「みぃちゃん、ご飯ですよ」  仏壇に飾られた写真の男を睨む俺の後ろで、子猫が佳代子から餌を貰っている。  動物を飼っていない家には当然ながら猫用の餌などなく、また、夫が亡くなってからは佳代子自身、家に籠りがちになっているようだった。  足腰も辛いだろう体で買い物に行かせるのも悪いので、郵便受けに投函されたのをそのまま積み上げたらしい新聞とチラシの束から、近所のスーパーの宅配サービスの知らせを引っ張り出して、佳代子の前に広げた。  重たい荷物もこれでどうにかなる。ご飯の見込みが立てば、佳代子は今度は俺と子猫の健康の心配をしたので、棚の隅っこでくたびれていた電話帳を鼻で突いて引き出させた。  幾つか動物病院の広告が載っていた。そのすべてに電話して、一件だけ往診が可能だったので、そこの医者に来てもらって健康診断を受けた。子猫が医者に捕まるのを尻目に、俺は悠々と庭の草むらに隠れていた。  あれこれと不器用なところはあるが、思った通り佳代子は俺たちを追い出すことなく住まわせた。子猫もすっかり彼女に懐いている、俺は時おり彼女に必要な情報を引きずり出して手助けしながら、穏やかな顔で子猫と戯れる佳代子を見ていた。
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