猫の恩返し

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 一日の殆どを家で過ごす佳代子のすることといえば、家事を除けば大体は読書をするか、テレビを眺めるかと静かなものだ。子猫が遊び盛りなので、その相手に猫じゃらしを振ることもあるが、そうでなければ子猫も読書をする佳代子の傍で丸くなっていたりする。  だから、外からの刺激である澪の来訪を彼女は心底から楽しんでいるのだろう。子猫が来て穏やかに微笑むようになった彼女は、隣人が越してきてこの小さな来客が頻繁に来るようになると、楽しそうに小さく声を上げて笑うようになった。  夫が亡くなってから、共に暮らそうと声をかけてきた子どもたちの誘いも断った佳代子は、一人で過ごす家で笑うこともなくなった。  けれど子猫と、隣の子どもたちが来てからは、静けさが増すばかりの家に、ぽっと明かりが灯ったみたいだ。  「……にゃう」  その方がいい。先に逝くような薄情な夫のことなんて気にせずに、穏やかな余生を過ごすのが優しい彼女には合っている。  俺はパタリと仏壇の前、座布団に丸まったまま尻尾で床を叩いた。子猫と遊ぶ澪と美紀をデッキに残して、佳代子が近づいて来る。  彼女は俺の傍へと膝をついて、ゆっくりと手を伸ばしてきた。触られるのは困る、俺は否を示して身を引いた。  伸ばされた手が一瞬だけ止まって、いつもならそれで引いていく彼女の手は、なのに今日はそのまま伸ばし続けられた。毛がパサついた、年老いた猫の体を撫でる。  「ありがとうね、孝弘さん」  「にっ」  立ち上がって逃げようと思ったら、佳代子が言った。変な鳴き声が出る、ピクリと反射的に耳がピクリと動いただけで、動きを止めてしまった俺に、彼女は微笑んでいる。  「私は不器用で、要領も悪いから。見かねた孝弘さんがいつも、仕方ないなって、いろんなことを教えてくれるわよね」  「……にゃぁお」  何のことだか。逃げるのをやめて、俺はその場で丸くなった。佳代子の手は変わらず、優しく俺の体を撫でている。
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