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「判決、被告人を死刑に処す」
裁判長は力を込め、かつ淡々と言った。
死刑か......残されることとなる妻と娘を思うと胸が潰れた。
俺は職場での陰湿なイジメに耐え切れずに上司ら3人を衝動的に殺害してしまったのだ。
俺は名前を変えて逃亡し、妻と出会い娘を授かった。
俺は人並みの幸せな生活を手に入れ始めた...その矢先、しぶとく調査を続けていた警察の手によって逮捕されてしまったのだ。
「ただし」裁判長は続けた。
「『生活再生権』を認め、被告人を死刑に処すことを保留とする。すなわち、刑の執行は猶予される」
裁判長は目だけで俺を見ていた。
よく分からないが、執行猶予のようなものだろう。
俺の生活を再生する何かの権限のことだろうと思ったが、俺には何も説明されなかった。
とにかく、俺は死刑執行を免れた。
監視付きとは言われたが、収監もされず家族と過ごせた。ただし定期的に、被害者遺族との面談が求められた。
正直怖かった。が、被害者遺族は思いの外にこやかに対応してくれた。
「過ぎたことは仕方がありません。これからあなたは幸せに生きてください。それが償いであり、私たちを救ってくれることなのです」
被害者遺族はこう言って俺を許してくれたばかりか、俺の次の就職先も世話してくれ、娘の私立高校の学費さえ負担してくれた。
おかげで娘は、私立高校への入学を無事に決めることができた。
俺ははじめ、被害者遺族のこの対応に半信半疑だったが、数年後にはほぼ完全に信用していた。
だがそれでも、時折被害者遺族が見せる冷たい目つきや、嘲笑うように向ける視線に、俺は背筋が冷たくなった。
考えすぎかもしれないが、ふとした時に暗い闇が俺を待ち受けているような意識に囚われた。
『生活再生権』についても調べてみたが、詳しいことは何も分からなかった。
『生活を再生させてくれる希望ある権利』と述べている文献があったが、それだけだった。
確かにこの権利のおかげで、俺は娘の高校入学を見ることが出来るし、人生をやり直せた。希望ある権利と言っても良いだろう。
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