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瞬く間にあの判決から数年が過ぎて、今日は娘の高校の入学式だ。娘は新しい制服に身を包み、俺と妻もこのために服を新調して式の会場へと入った。
式が始まった直後だった。
後方で扉を開ける大きな音がしたかと思うと、突然に制服姿の警官たちが会場へ押し入ってきた。
式は中断され誰もがどよめく。
警官たちは俺の前でぴたりと立ち止まった。
俺の手には嫌な汗が満ち満ちた。
「『生活再生権』行使官です。生活再生権の行使が申請されましたので、あなたを収監いたします」
警官が事務的な口調で言った。
「なんだと」
俺が言い終わるより早く警官が俺に手錠をかけた。妻が気を失い卒倒するのが目に映り、娘が俺に駆け寄ってくるのは別の警官に制された。
「なんだこれは」
「あなたが幸せになり、その家族も幸せになり、そこから絶望を味わってもらうことが償いなのです。幸福が突然失われるつらさを思い知ってください」
硬い声が重く耳に響いてきた。
振り返ると被害者の妻が立っていた。
生活再生権、と書かれた書類がその手に握られていた。その権利は俺ではなく、被害者遺族に与えられていたのか。
「夫は理不尽に殺されました。私たちは絶望し死のうとしたことも何度もありますが、あなたがどん底へ突き落とされることを楽しみに生きてきました」
その言葉に、俺は生活再生権の本当の意味を理解した。
「生活再生権、刑の執行のタイミングを被害者やその遺族が決められる権利さ。この権利が行使されるまで、どんな刑も猶予される。ただし、行使が申請されたら、被害者が希望したその時期に刑が執行されるんだよ」
俺の耳元で、小さく警官がささやいた。
「あの権利は私たち遺族に生きる希望を与えてくれました。希望の権利でした」
俺の背中に、被害者の妻が呟いた。
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