逢魔《おうま》

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 嘉寶來に戻ると、店の中でちょっとした騒ぎが起きていた。  女主人が何やら喚き立てている。 「ほら、そいつを何とかしておくれ。ああ、殺すんじゃないよ。一応縁起物なんだからね。」  見ると、一匹の蜈蚣(むかで)があちこち這いずって逃げ回っていた。店の者がぶつぶつ言いながら、(ほうき)で追い出そうとしている。 「大方、また隣の薬舗から逃げてきたのだろうさ。困ったものだね。」 「それで、どうだったの。何かわかったの」  女主人はそう言った。玖晶の帰りを首を長くして待っていたらしい。  ひとまずは女から聞いた通りの話を伝えると、女主人は納得行かないと眉を(ひそ)めた。 「あんたはその話を信じるのかい?」   玖晶は首を振った。 「やはり、あの人に何かあったようだね。歯がゆいと言うか、悔しいね。何とかできないものかしら?」  訴え出たところで、確たる証拠がある訳でもなし、まず無理だろう。それに一筋縄で行く相手ではない。玖晶は忠告した。 「あの女は厄介だ。これ以上首を突っ込まない方がいい。」 「ふうん、泉さんて"見鬼(けんき)"だって噂があるけど、やっぱり何か見えるとかあるのかい?」 「そんなんじゃないです。ただの勘ですよ。」  残念ながら、と言うより幸いにして、幽霊は見えない。あんなものまで見えるようではたまらない、と玖晶は思った。  ご苦労さま、と、女主人はいつも使いに出た時の報酬に少しばかりおまけして渡してくれた。  さて、寄り道して羊串でも食べて帰るとするか。玖晶が去ろうとした時、女主人が思い出したように声を掛けてきた。 「そうだ、ところで、王白羽って男に心当たりあるかい?」 「さあ、聞いたことがあるようなないような。誰です、それ?」 「丁度、あんたが出かけたのと入れ違いくらいに店に来た男衆が捜していたんだよ。話だと年の頃は、あんたとそれほど変わらないらしい。心当たりがあったら知らせてくれって。」  男たちの様子からは、どうも少なからぬ賞金が懸かっているようだった、と。王白羽ってやつ、一体何をやらかしたんだか。
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