逢魔《おうま》

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 屋台の羊串はうまかった。欲を言えば、もう少し香料が効いている方が好みだったが、文句をつけるほどのものではない。概ね満足のいく味だった。  つい酒も加わって食も進み、結局、貰った分だけでは賄えず、余分に支払うことになった。やれやれ、とんだ散財だ。まあいいか。要は好きな時に好きなものを食べるということが大事なんだ。  玖晶はすっかり上機嫌で、もう昼間の気味悪い女のことなど頭から消えていた。  辺りはそろそろ暗くなりかける頃合いだったが、往来が絶えることはなかった。瓦子は人で賑わっていた。  大きな妓楼や酒楼が並び、所々屋台が店を出す通りは、むしろ昼間より人が増えている気がした。通るのは行商人、訳ありそうな女連れ、芸妓、お忍びの貴人らしき人、客引き、侠客、人ならざる者、そう狐狸の類が化けた者もいるかも知れない。それから……  さすがに小さな子ども連れはあまり見かけない。いても足早に家路を急ぐ者がほとんどだ。玖晶は母親のことを思い出した。  母は術者のようなことをして生計を立てていた。仕事の半分ははったりだとも言っていた。稼ぎの良かった日があると、幼い玖晶の手を引いて酒肆(しゅし)に飲みに来た。玖晶を向かいに座らせると、酒と二、三皿ほどの肴を頼んで、そのうちの串焼きを子どもに寄越した。 「こら、とっとと大きくなって、一緒に呑めるようになれ。」  がつがつと串にかぶりつく玖晶を見ながら、彼女は笑った。その顔はどこか淋しげに見えた。
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