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「ねえ、泉さん聞いてるの?」
「……あ、はい」
一瞬返事が遅れた。不審に思われなかっただろうか、と玖晶(こちらも本名ではない)は思った。この名を使い出してからそろそろ半年になるが、時々こんな風に忘れてしまう。用心しないと。
嘉寶來の女主人は全く意に介していないようだった。
「これを届けて欲しいんだけどね」
彼女は台の上に細長い箱を出した。開けると一本の釵が入っていた。飾りの部分が牡丹の花を象ったものだった。綺麗な牡丹ですね、と褒めたら、それは芍薬だよ、と返された。どこがどう違うんだか、玖晶にはさっぱりわからなかった。届け先を告げると、女主人は表情を曇らせた。
この品を取り寄せて欲しいと頼まれたのは三、四月ほど前のことだった、と彼女は言った。お代は先払い。注文主は気前のいい男だった。惚れた女に贈るのだ、と届くのを心待ちにして、何度もこの店に顔を出していたらしい。それが、ある日を境にぱったりと来なくなった。
やがて件の品が届いたが男からはさっぱり音沙汰がない。取りに来るのを待っているうちに一月以上過ぎ、どうしたものかと思案していたところ使いの者が来て、注文の控えを出し、届け先の書かれた紙を置いていった。
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