釵《かんざし》

3/9
前へ
/50ページ
次へ
 どうにも腑に落ちないのだ、と女主人は言った。 「あれほど、自分で直に渡すんだって言ってた人が、届けてくれなんて一体どうしたんだろう。」 「おおかた別れたんじゃないですか?」 「だったら、何か言いに来るなり、二度と来ないかのどちらかじゃないかしら。それが届けてくれだなんて、何か引っかかるんだよね亅  それとなく様子を見て来い、ということらしい。 「届けるだけならしますけどね。この間みたいなことは御免です。」  玖晶は半月ほど前の出来事を思い出した。あの時は何処(どこ)ぞの奥方が内緒で買った品を届けに行き、言いつけ通り裏の門口で出て来るのを待っていたら、間男に間違えられて、すんでのところで家の主に殺されそうになったのだ。厄介ごとなら、御免被(ごめんこうむ)りたい。 「あれは、たまたま巡り合わせが悪かっただけよ。そうだ、帰って来たら、何か好きなもの(おご)ってあげるから。」  うん、それは悪くないかも知れない。食べるなら羊串がいいな。 「わかりました。」  玖晶は釵の入った箱を受け取ると店を出た。 
/50ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加