釵《かんざし》

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 誰かに見られているような気配を感じて、ふと見上げると楼上の窓越しに人影が目に入った。相手は玖晶に気が付くと、すっと中に引っ込んでしまった。  あまりいい感じがしなかったが、入口から声をかけた。暫くすると中から人が出て来た。 「どなたですか?」 「泉と申します。嘉寶来(かほうらい)の使いで届けものに参りました。」  戸が開いて、この家の召使いらしき者が顔を出した。 「お入りください。」  入れ、と言われて嫌な感じがした。嘉寶來の女主人には、様子を見て来いといわれたが、さっさと品だけ渡して帰った方が良さそうだ。玖晶がそうしようとしたら、召使いは首を振った。奥様が直接受取って中身を改めたい、と仰っている、一点張りで言うことを聞かなかった。仕方なく中に入ることにした。  待合いと思われる間に通されて、そこで待つようにと言われた。室内には富貴花(ふうきか)を描いた屏風があり、その前に花梨の卓と椅子が置いてあり、壁には蘭亭序(らんていじょ)を写した軸が掛けられていた。隅にある黒檀の花台の上には見事な青花瓷があった。  玖晶は手持ち無沙汰に室内を歩き回り、何気なく花台に触れた。ぞくりと悪寒が走った。花台に見えていた物は灰色の石塊だった。上に載っている物も青花瓷などではなく、どろどろと(うごめ)く何やら得体の知れない物だ。どうやら、ここにある物は全て見た目と実際が違うようだった。とんだ化け物屋敷に来てしまった。やはり、すぐ帰ればよかった。 「どうかなさいましたか。」  いきなり、背後から声が聞こえた。玖晶が驚いて振り返ると、いつの間にか一人の女が花梨の椅子に腰掛けていて、じっとこちらを見ていた。
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