釵《かんざし》

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「その花挿しがお気に召しまして?」  鈴を鳴らしたような声だった。女は細く整った眉をわずかに上げると口元を綻ばせた。伏し目がちに艶のある紅い唇を薄く開いて婉然(えんぜん)と微笑む様は、まさしく花顔玉容(かがんぎょくよう)の言葉が相応(ふさわ)しい美人であった。女の居る方から、すっと甘い花の香が漂ってきた。本来、それは芳しいと言って良いものの筈なのに、どこかねっとりとまつわりついて嫌な感じを覚えた。 「あ、はい素晴らしい染付だな、と。」  玖晶は当たり障りのない答えをした。それを聞くと、女はくすりと笑った。 「お掛けになって。」  先程出迎えた召使いらしき者が茶を運んで来た。  恐る恐る椅子に腰を下ろす。卓に手を置いた途端、何人かの男の姿が見えた。彼らはそれぞれ別々の時に、ここに来てこの椅子に座って…そこから先は視界がぼやけてよくわからなかった。一体、どうなったのだろう。 「どうぞ」  出された青磁の茶碗を手に取ると、これもまがい物だった。縁の欠けた古びた碗にとても茶とは思えない、鮮やかに赤いどろりとした液体が入っていて、中から小さな蜘蛛の子がわらわらと這いだしてきた。  こんな時どうすればいいかは母に教わっていた。慌てず騒がず見て見ぬふりをせよ、こちらから構わなければ、大抵の相手は何もして来ない。そう言われていたっけ。玖晶は口を付けずに茶碗を置いた。
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