約束の行方

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「……十年経とうが二十年経とうが、俺は忘れなかったと思うけどね」 昔の事を思い出していると、先ほどの言葉に対してだろう返事が浩之から返ってきていた。 半分聞き逃してしまったので、とりあえず「ふーん」とだけ答えておく。 ぼやけた返事が気になったのか、浩之からの視線を感じて目を合わせた。 ジャケットと同じ濃い赤のベストを着込んだ彼は、普段は目に掛かる長めの黒髪をオールバックに整えていて、別人みたいに凛々しく見える。その下に並ぶ程よい大きさの瞳に高過ぎない鼻梁が、これ以上ないほど格好良く見えてしまうのはどうしてだろう。 出会って十年、見慣れた筈の顔がこんなにも違って見えるのは、俗に言うウエディングマジックというやつのせいだろうか。 浩之と私は、一度も「そういう」関係になった事がない。 大学を卒業してからも、付き合いはあったけれどそれは友人としてだけで、恋だの愛だの色めいた事など、一度も起こらなかった。 なのに私の32歳の誕生日、いつもと同じく馴染みのバーで待ち合わせていた浩之に、開口一番聞かされたのは「十年経ったから結婚しよう」という一言だった。 「でも本当、浩之が結婚してくれて助かったわ。これで毎年、お母さんに結婚はまだかーまだかーって言われる心配なくなったもの」 「でも、次は違う事でせっつかれるかもしれないけどな」 そう言いながら、浩之はタキシードのタイを解き、首元を緩めた。そこから見えた首筋に、なぜか視線が惹かれて慌てて逸らす。 今迄無かったベッドの上という状況と、打算と半ば冗談の様な結婚とは言え、一応は夫婦になったのだという事実が、どうにも妙な気分にさせてくる。 「違う事って何よ。というか浩之はさ、本当に良かったの?いくら相手がいないからって、私と結婚なんかして。それに、今日会社の人から聞いたけど、浩之ってば人気あったみたいじゃない。私聞いてないわよそんな事。」 式に参加してくれた浩之の同僚から、「塚本は無愛想だけど面倒見がいい奴だから、結構人気あるんですよ」と聞かされた。その人の知るところによると、浩之に告白して玉砕した女子社員だって何人かいたらしい。 そんな事は初耳だったので、つい口を尖らせて言うと、ふんと鼻を鳴らした浩之がつまらなさそうなそぶりを見せた。 「さあな。俺は職場は職場としてしか見ないしな」
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