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式用に整えていた前髪が、一房彼の額に掛かる。それを軽く払いのけ、浩之が私の方へと身体を向けた。
「自分はどうなんだよ?親から急かされてたとはいえ、俺で良かったと思ってるか?」
同じ問いを返されて、思わず返事に詰まってしまった。
俺でよかったか、なんて。
そんなの答えは一つしかなかったからだ。
いくら相手が居ないからって、親に急かされてるからって、相手が誰でも良いわけではない。
束縛されるのは今でも嫌いだ。男に夢が持てないのも変わっていない。
けれど、この年齢に至るまで、誰に好意を寄せられても、どんな異性を目にしても、「浩之」ほど私の心にすんなりと入り込み落ち着かせてくれる人は居なかった。
流れた時間と同じくらいゆっくりと―――私は彼に、恋していた。
友人としての関係を壊す事が恐くなるほど、好きになってしまったから。ずっと誰とも寄り添わない彼との時間を、無くしたくないと強く願い続けた結果が、十年という長い月日を作ってしまった。
浩之には好感を持たれているとは思う。こうやって結婚までしたのだ。
だけど、彼に恋や愛で好かれているかと言えばそうではない気がしていた。
結婚しておいて、と言われるかもしれないけれど、結ばれるかどうかまでは約束に含んでいない。
それがどうなるのか―――式の間中ずっと、そんな事を考えていたなんてこと、口が裂けても言えるわけがない。
俺でよかったかという問いに答える言葉を探していると、突然、ギシリとベッドが軋む音がした。
私の隣に腰掛けていた浩之が、タキシードの首元を緩めたまま、ベッドの上へと上がってきたからだった。
「ちょ、浩之?」
突然の彼の行動に、首を傾げながら問い掛ける。
すると、私よりもずっと大きな身体がゆっくりと、私の上に影を作った。
「お前さ、鈍感過ぎ」
「……へ?」
私の上に覆い被さるようにして迫ってきた浩之の顔に、視線が逸らせなかった。
ベッドの上、あからさまな体勢に、年甲斐もなくパニックを起こしてしまう。
「本気で、この結婚が友情婚だと思ってる?」
「え―――」
振ってくる声に、私が返したのは驚きの声。
仕方ないなとでも言いたげに、微笑む浩之の顔は、今迄見たことも無いほど幸せそうで。
「一目惚れだったんだよ。綾乃」
「……っ!?」
式で交わした誓いのキスより、深く熱さを含んだそれは、私に彼の想いを伝えるには十分だった。
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