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『男嫌いの文学少女』
綾乃がそう呼ばれてるのを知ったのは、大学に入ってすぐの頃だった。
その頃、活字中毒に近い形で小説を読み漁っていた俺は、サークルにこそ入らないものの、本の貸し借りなどで部屋にはよく顔を出していた。
大学一年という花の時期に、綾乃はサークル部屋の端っこで、一人黙々と文庫本を呼んでいるようなそんな少女だった。小柄で、細い眼鏡をかけた彼女は、まだ高校一年生だと言われても納得してしまうほどの幼さを残していた。
俯いた顔の肌は白く、字をなぞる瞳は大きく黒かった。長い睫を伏せた姿が、とても綺麗だと思ったのを覚えている。綾乃は、俺が目にする度いつも、その頃お気に入りの文庫本を指定の場所で読んでいた。
話しかけたいと思いながらも、物語に夢中になっているのを邪魔するのも気が引けて、ついには彼女の友人と付き合っているという男に紹介を頼み込んだ。
(ちなみに、ソイツも活字中毒者だったので紹介の礼に某有名作家の初版本をプレゼントした。学生の時分には手痛い出費だったが、それでも心底感謝した。)
綾乃自身は、友人の交際相手が偶然連れていたのが俺だという事になっているが、真実は俺の一目惚れだった。
俺達二人は元々活字好きという事もあり話題は尽きなかった。二人で過ごす時間を、綾乃も楽しんでくれていると、俺も確信していた。
けれど、彼女に『告白』することは憚られた。
自分でも卑怯だとは思ったが、彼女になぜ相手を作らないのかと探りを入れた事があった。
綾乃には、上に二人の兄がいた。
綾乃の整った容姿から想像するに、兄二人も見目が良いのだろう、彼女の口から語られる兄二人の様子は、男の俺からしても『女好き』だと断定するには十分な内容だった。
毎日の様に入れ替わる兄の相手、時には「彼女達」だと複数形で交際相手を紹介された事があるらしい。
これにはさすがに驚いたが、昨今草食と呼ばれている男が増えている分(俺も人の事は言えないが)肉食でかつ見目も良いとなると、相当モテたのだろう。
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