イレギュラー・レーズン・イン・ハート

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イレギュラー・レーズン・イン・ハート

 ぐにょり、と。それはまったくイレギュラーな食感だった。  佐々木早季子は己の過ちに気付いた。いや、あるいは人類のというべきか。  どうして人はチーズケーキの中にレーズンを入れるのだろう。某検索エンジンで「チーズケーキ レーズン」と入力すれば「チーズケーキ レーズン なぜ」と上位候補に挙がるほどなのに。  薄暗い照明の元、歯形の残るチーズケーキの断面に浮かぶ黒い粒――チョコチップと思い込んでいた――を見据え、冷めたコーヒーで口の中のものを胃に流し込む。早季子は午後九時過ぎの人気のないオフィスで弱弱しくむせた。  残業するのも、夕食を食べに出るのも買いに行くのも億劫でやめたのも、空腹のあまりもらったケーキによく確かめもせずかぶりついたのも、概ね自分が悪い。だが、やりきれなさに溜息をついた。  ふとフロアの四方を取り囲むガラス窓の外を見やれば、重たげな雲が空を塞いでいる。都会の夜は曇った日ほど漆黒にならない。街明かりを吸った雲がぼんやりとした薄紫色に広がっている。  ぴかり、音も無く。ネオンよりもなお鮮烈な純白の亀裂が薄紫に走った。雷。     
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