イレギュラー・レーズン・イン・ハート

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 え、と洩らせば、もう食べ終わったのか、矢中はティッシュペーパーを丸めてごみ箱に投げ入れる。そして自分のデスクに行き、引き出しから折り畳み傘を取り出した。  出先から置き傘を取りに立ち寄ったのかと、彼がやってきた理由に気付く。理由がわかれば大抵のことは受け入れられるものだ。 「佐々木さんも仕事なんかうっちゃらかして帰んなよ」  じゃ、と言うが早いが、矢中はオフィスから出て行く。あとには月面クレーターチーズケーキと、作りかけの資料と、呆然とした早季子が残された。  どうして他課の人から、直属上司の、自分の仕事の動向を聞かされるのか。電話、メール、Line、なんなら手紙と、世に通信手段は溢れているのに。上司と気遣いが光年単位でかけ離れていることは、入社一週間で理解していたけれど。  無性に込み上げてくるものがあって、すんと鼻を啜る。  と、鼻先をくすぐる香りに気付く。ほこりっぽいような、眠くなるような、柔らかなそれ。  矢中は雨の匂いを連れ込んでいた。 *  ブルボン『ガトーレーズン』、ロッテ『ラミー』、ヤマザキ『レーズンゴールド(一斤)』、六花亭『マルセイバターサンド』、それから手作りレーズンスコーン。  翌週から早季子のデスクにはレーズン菓子が供えられるようになった。一つ目は間違いなく、矢中の仕業だ、嫌がらせだ。 「佐々木、これ買ってきてやったぞ」     
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