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「食べるのに手間を惜しんじゃいけない」
「いえ、レーズン食べないし」
「次、オールレーズン開けてよ」
「聞いてないですね、人の話。オールレーズンは生地に練り込んであるので物理的に不可能です」
「なんでレーズン嫌いなの」
キャスター付きの椅子に座ったまま、矢中が移動してくる。改めて訊かれて、早季子はしばし考えた。
「……一番嫌なのは食感ですね。レーズンが入っていると知らずに食べた時のイレギュラー感というか、異物感っぽいのが」
「味は嫌いじゃない?」
「そうですね。ラムレーズン味とか別に嫌いでは」
「乳首の形してないもんね」
そういう意味じゃない、と言おうとして口を噤んだ。
思いの外、距離が近かったから。ぎりぎりスカートに覆われた膝と、スーツの布地が擦れ合う。
「イレギュラーが嫌なわけ?」
「……厳密に言葉の用法として合ってるかわかりませんけど。そうですね、不意打ちに弱いです」
「じゃあ、イレギュラーがあることが、レギュラーな場合は?」
「は?」
「オールレーズンは全部レーズンで、レーズンなのが当然でしょ。これはイレギュラー、レギュラー、どっち?」
混乱した。オールレーズンはオールレーズンだ。イレギュラーかレギュラーかなんて考えたことない。
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