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「捨てます」
拾うために椅子から下りてかがんだ瞬間、涙が落ちた。この角度なら見えなかっただろう。
レーズンをゴミ箱に入れようと手を伸ばすと、その手首を捕まれた。
「三秒内だから、大丈夫」
「でも」
「片恋だから、セーフ」
「うそ」
「ばれてないから、おれ以外」
「……滑稽でしたか?」
俯かせていた顔を上げる。泣き顔を見られるのも構わなかった。好きな相手に気に入られたくて一人残業する姿はさぞかし愉快だったろう。だが。
「君にとっておれがイレギュラーだから、そういうふうにとるんでしょ」
「……?」
「おれにとってはイレギュラーじゃないのに」
矢中は悲しげな表情を浮かべていた。散歩愛好家の実家の犬がガラス戸越しに土砂降りの空を見上げる時のような。
こんな表情、予測できなかった。イレギュラー。
でもこの人はイレギュラーではないという。自分を見る時、いつもこんなふうなのだろうか。それは、どういう。
指先からレーズンが落ちる。矢中の視線が伏せられてレーズンを追い、拾い上げる。
――駄目。
考えるよりも先に動いていた。
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