とける、とける。

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 お前なんか、いらねーし。  廊下で俺がそう思った瞬間、目の前の教師の顔がどろりと溶けた。まるで夏場の飴細工のよう。固い頭蓋骨と脳みそが詰まっているはずの頭が、ぐにゃりと歪むのがいつも始まりなのである。凹む、のではない。歪むのだ、突然溶けるように、ふにゃり、と。  一度溶け始めれば止まらない。頭が半壊し、目玉が飛び出し、鼻は歪んで唇は曲がる。中途半端に開かれた口からは歯がぽろぽろ溢れてやがてそれも地面に落ちる端から形を失っていくのである。今日はどんな風に溶けるんだろう、と最初の頃は観察したものだ。しかし今となっては呆れるほど見飽きた光景である。俺が“消えてしまえ”と願った端から人間は溶けるのだ。飴のように、氷のように――いや、ゲームで見かけるスライムのように、だろうか。  血も内臓も出てこない。骨も歯も飛び出してすぐ肉に混じって見えなくなる。そして最後は、ドロドロになったカラフルな液体になって、じゅわりとその場から蒸発してしまうのだ。理屈はわからない。ただ、高校生になってしばらくしてからなのだ。俺に、こんな能力が身に付いたのは。 「こも、りぃ……こもりい……い、ぃ」  胴体がなくなり、溶けた肉に辛うじて開いた口が。ぽろぽろと歯を溢しながら喋る。溶けた肉が、喋る。 「お、おおお、ま、ぇぇ……な、に……」 「うぜぇんだよ」  既にスイカ程度に縮んでいた肉の塊を、俺は思いきり蹴り飛ばしていた。べちゃり、と生温い音がする。周囲から悲鳴が上がる。それでもなにかを喋ろうとする肉がうざったらしくてならない。 「さっさと溶けてろ。テメーなんかの言うこと聴くか、バーカ」  いい気味だった。先程までの光景を見てか、俺を止めるヤツはいない。俺は悠々と肩で風を切りながら歩いていく。今の教師は、生徒指導だとかで――いつも自分に口煩く言ってきた面倒な男だった。わけがわからない。なんで高校生がタバコを吸ったらダメなんだ。なんでお酒を飲んだらいけないんだ。なんで好きなオンナとセックスをしたら叱られるんだ。自分のしたいことわ好きにして何がいけないのか。少しばかり早く生まれただけのくせに、どうしてこうも偉ぶられないといけないのだろう。
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