第3話 授業

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 理科の溝口がとつとつとした口調で、今から観るビデオ――『天気とその変化』――を説明している。薄い頭髪、ひょろりとした体型、やぼったい丸眼鏡。星野が『イケてる教師』だとしたら、溝口はいわゆる『イケてない教師』だった。当然というべきか、生徒たちからは軽んじられており、授業中は私語が絶えない。暗幕を引き琥珀色になずんだ部屋には、ひそやかな笑い声がそちこちで咲き、斜め前の男子にいたっては机に突っ伏して眠っていた。  一方、キヨミは背中に定規を突き立てられたみたいにピンっと背筋を伸ばして画面を見つめていた。内容はどうでも良い。その姿勢が重要なのだ、二重の意味で。  気圧、湿度、風力、飽和水蒸気量、露点、ヘクトパスカル、シベリア気団、オホーツク海気団、揚子江気団、小笠原気団……無機質な声音、映像、グラフにのほほんとしたバックミュージックが合っていない。垂れ流されるビデオに欠伸と眠気を噛み殺し、必死に意識を保とうとして―― 『――気象学上、雲は形や高さやできる原因から、世界共通の十種類の名前が次のように決められています。巻雲、巻積雲、巻層雲、高積雲、高層雲、乱層雲、層積雲、層雲、積雲、積乱雲――』  ……きれい。そこで初めて、キヨミは真面目にブラウン管と向き合った。  青空、夕焼け、鉛色。様々な色合いを背景に、ナレーションとともに次々と映し出される雲。教科書には載っていなかった事柄だから、豆知識的な扱いで入れてあるのだろう。どれもよく見かける雲だが、名前を意識すると新鮮に感じられた。     
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