第3話 授業

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 あ、これ……。キヨミが一番好きな空模様が映し出される。この季節、気付けば天を覆っているもったりと分厚い雲。見上げていると、何か起こりそうな、胸がどきどきするような、いてもたってもいられない気持ちにさせられるそれ。  無意識のうちにノートの端っこにシャープペンシルを躍らせていた。それはキヨミの小さな特技だった。紙にほとんど目を落とさず、対象物だけを見つめてスケッチする――たとえば、こんな薄暗い中でもざっくりとなら描けるのだ。なんだろう、これ。何かに似ている。深い陰影があって、柔らかそうで、でも重々しい……指を微妙な角度に上げ下げしながら考える。  不意に、ただでさえ暗い視界が陰った。なにと確認する前に、降り掛かった影を押し止めるように左手を上げる。右手は動かしたまま。今、大事なところなのだ、鬱陶しい、邪魔しないでほしい。キヨミの意を察したのか影はすまなそうに縮こまって足早に通り過ぎる。憤慨と満足が入り混じった心持ちでちらり影を見送って――キヨミは固まった。  溝口先生!  考えてみれば、授業中にふらふらと歩き回れるのは彼しかいない。ラクガキに夢中で教師を払いのけようとした? キヨミはあまりに大胆な己の所業に愕然とする。  ビデオが終わり、部屋が明るくなっても、キヨミはまともに溝口の方を見られなかった。授業終了の礼をすると同時に、気まずさに耐えかねて、いち早く視聴覚室を飛び出す。     
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