第4話 昼休み

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 しかしてキヨミを受け止めたのは、冷たく固いリノリウムだった。一方、学生服の胸に抱きとめられたのは他でもない『家庭の医学』。その事実は、同年代に比べれば比較的リアリストだが、それでも思春期の少女であるキヨミの自尊心を傷つけた。ああそうだよね、図書委員なら本を守るのは当たり前だよね――そうやって自身を慰めながら身を起こすキヨミに、だが男子生徒は追い討ちをかける。 「辞書、事典の類は〝禁帯出〟なんで、貸し出しできませんよ」  気をつけてください、と事務的に言いながら棚に『家庭の医学』を戻し、さっさと床に散ばった品々を拾い上げてゆく。  彼はキヨミのハゲには気付いていまい。だけれども「何勘違いしてんだ、ハゲ」とその背に罵られているようで、キヨミは身動きできなくなった。それは気のせい。思い込み。被害妄想。そんなことはわかっている。わかって、いる、のだけれど……  人は傷ついている時、取るに足らないほんの些細なことにでも過敏に反応してしまう。傷口に塩を塗る――普段なら塩なんてさらさらこぼれ落ちてしまうはずなのに、ぐじゅぐじゅした傷口に引っ掛かって、痛くて、辛くて泣きたくなるのだ。キヨミは今、まさしく傷に塩が振りかけられた精神状態だった。  へたり込んだままのキヨミを、男子生徒は不可解そうに一瞥してカウンターへと戻る。彼が無言で放つ「早く出てってくんない?」オーラに、キヨミはようよう立ち上がり、よろよろと図書室を後にした。  身も心もぼろぼろだった。むしろぼろだった。  だから、誰かがこの無様なやりとりを覗いていただなんて、キヨミは夢にも思わなかった。
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