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キヨミは、ヨッチが憧れるタカシナ先輩なる者の顔を知らない。教室の窓から校庭を指差して、ほらほら先輩いるカッコイイっしょ! と以前教えてくれたものの、サッカーの試合中の男子生徒を見分けられるはずもない。それに恋に恋する発情期、季節ごとに変わる女子中学生の想い人なぞ、本音を言えば覚える気になれなかった。
薄暗い図書室で男女が向き合っていたなら、意味深に見えたかもしれない。
親友が、行き先も告げずに、一人急いでどこかに出掛けたら、怪しく思うかもしれない。
だけど。
「…………」
「…………」
黙り込んで否定しないキヨミを、ヨッチは悲しく、同時に責めるように見る。
橋本さんなんかの言うことを信じるヨッチを、キヨミは悲しく、同時に腹立たしく思う。
見えない壁で遮断されてしまったように、キヨミは教室の喧騒を遠く感じた。こめかみの辺りがじぃんと熱い。身動きすらできない。胸のすぐ上まで嘔吐感がせり上がる。
「キヨ、掃除当番呼ばれてるよー?」
我に返ると、ミカが戻ってきていた。教卓の前で星野が、役割分担するぞ掃除当番集合!と叫んでいる。
「……どうしたの?」
不穏な空気を敏感に感じ取ったのか、ミカが問うてくる。
「志田さんが、」
にやりとした橋本を、キヨミはうつむき加減に睨みつけた。彼女は素知らぬふうな顔をする。
……でも、今はそれが精一杯。
キヨミはヨッチとミカの間をすり抜けて、教卓の前へ向かった。
何が、どうして、こんなことになってしまったんだろう。
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