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呼び止めてきたのは星野だった。デスクに座ったまま、おいでおいでをするように何かの冊子を振っている。
「教室戻るよな? ついでに日誌持ってってくれ」
「あ、はい」
受け取りに行くと、担任教師はまじまじとキヨミを眺めてきた。見られる、という行為に過敏になっているキヨミは反射的に後退る。だが星野が口にしたのは、
「お前、元気無くないか?」
という、思いがけない台詞だった。
「朝からちょっと変だよな。体調でも悪いのか?」
「体調は、大丈夫、です」
「悩みでもあるのか?」
その声音は、意外なほど優しかった。少なからずの驚きを持って星野を見る。彼の眼差しは真剣だった。
大雑把な人だと思っていた。心の機微に疎い、無神経な大人だと。でも違う、違っていた、ちゃんと生徒に気を配る『先生』だったんだ……
不覚にもじんわりと目頭が熱くなり、下を向く。傷ついている時の塩が何倍にも染みるのと同様、傷ついている時に掛けられる毛布は何倍にも暖かい。
誰にも話せない、話したくない。でも苦しくて、重たくて、不安で……こんな時、誰かが手を差し伸べてくれたなら。
「やっぱあれだろ、恋の悩みか?」
スカっと。差し出されたその手を掴もうとしたその瞬間、嘲笑うようにその手を引っ込められたイメージ。
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