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よくよく見ると、デスクに敷いてあるビニールシートには、ピンクや水色などの淡い色の封筒が挟んであった。丸っこい文字で『星野センセイさま』と書かれた脇にはハートマークが乱舞している。
――でも結局、俺は中学生だから、中学生らしく勉強に運動に努力して、いつかその先生に追いつけるようにうんたらかんたらなんたら……
酔いどれ星野の演説をBGMに、プツン、と何かが切れた音を聞いた気がして――
「私はぜんぜん、悩んでなんかっ、いません!」
気付けばキヨミは叫んでいた。職員室中の誰もが振り向くほどの大声で。
授業でも部活でも、学校ではこんな声を出したことはない。キヨミは、大人しい、手のかからない生徒のはずだった。それがこのサファリパークでの処世術だった。だけど。
口を半開きにして、さらに深みとコクのある阿呆面をさらす星野から日誌をひったくるように受け取り、最短の直線距離で出入り口に向かい、
「失礼しました!」
一礼して、退出する。
廊下を踏み抜く勢いで歩く。こぶしをぎゅっと握る。唇を噛み締める。
――恋だの、愛だの、逢引だの。馬鹿みたいだ。
もっと真剣に考えなくてはならないことが世の中にはある。あるはずなのに。
少なくとも、キヨミはそれを知っていた。知っているのに、それを大声で言ってやれないのが、涙が滲むほどくやしかった。
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