ますみ

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 幼いすすり泣きがひと気のない教会に響いていた。 机に突っ伏し、肩を震わせ喉を枯らし、飽く事もなく流す涙は彼女の頬をひりひりとさせ、その冷たさがぬくもりを失った彼女の胸をさらに濡らしていた。  ただただそれを長く見守っていた老神父はやおら相手の背中にそっと手を重ねた。 「ますみさん。よくお聞き、神様はあなたからお母様を取り上げられたのではありません。御許へお招きになったのですよ。」 「そんなのやだ!」  ぴしゃりと言う幼子の背中を撫でながら老神父はさらに続けた。 「お母様は神様の御許でますみさんを見守っていらっしゃる。それはあなたと片時も離れないと言う事なのですよ。」 「でもいないもんっ!」  老神父は穏やかに続けた。 「そんな事を言ってはお母様も悲しまれますよ。確かにもうますみさんのご飯を作る事も、一緒に眠る事もできなくなりました。その代わり神様と御一緒にいつもますみさんを見ていられるようになったのですよ。いつもますみさんの声を聞けるようになったのですよ。今もあなたの姿を心を痛めて見ているでしょう。あなたを抱きしめたいと思っているかもしれません。」 「じゃぁだきしめてよ!まま!」  幼女は顔を上げて天井に叫んだ。  その体を老神父が大切な宝物を扱うように柔らかく抱きしめた。 「お母様は神様の御許であなたを見ておられます。そして私は神様のしもべです。だから私があなたを抱きしめましょう。ますみさん。ここは神の家、神の御許に行かれたあなたのお母様の家でもあります。お母様に会いたくなったならここへいらっしゃい。いつでも神様とお母様と私が待っています。」  再び幼い泣き声が教会を満たした。 老神父は何よりも大切なものを扱うようにその髪をそっと撫で続けた。  それから数年後。  ステンドグラスから入る朝日を浴びながら、セーラー服に身を包んだ少女は祈りの姿勢から身を起こした。 「行ってきます。お母さん。」
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