インビジブル・マインド

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**********  慌ただしく家の扉を開けて、通学路を自転車で飛ばす。朝飯は学校で済ませる予定だ。鞄の中にはまとめ買いしておいたゼリー飲料が入っている。  五つ目の信号を渡ったあたりで腕時計を見やると、既にいくらかの余裕はできていた。それでも油断はできない。残りの信号のパターンによっては、充分遅刻になる可能性もあった。学校前の交差点を抜けたあとなら少しは楽になるかもしれない。  ――しかし、今日も黒いな。  ペダルを漕ぎながら、思考の片隅ではそんなことを思っていた。赤や青もあるはずなのに、比較的朝は黒が多い。家を出る前に見た鏡の中の自分も微妙にグレーになっていたのは、布団の中で一日を憂鬱だと思ったからだろう。  この往来を作りだしている人々も同じように感じていると考えると、更に気が滅入ってくる。 「……ああ、クソッ」  視界の端に、パトカーが自動車を追っているのが映った。速度違反か、信号無視かだろう。自動車側はパトカーに指示に従い、路肩に駐車するところであった。  ――嫌なもん、見ちまった。  検挙された直後のドライバーを見た日などは最悪である。そのドライバーもそうであるが、俺の精神衛生上あまり良くない。朝からそんなものを見ようものなら、間違いなく自分の色も即座に真っ黒になるだろう。  一日を少しでも有意義に過ごしたい俺にとって、それだけは避けたかった。互いに運が悪いだけ、かもしれないが。  気分が沈んでいる人を見ると、自然とこちらも気分が悪くなってくる。  別に彼らが悪いわけではないが、自己防衛をしないまま一方的に苛立っても仕方がない。俺は視界を狭めるためにマフラーを目元まで寄せ、強くペダルを押し込んだ。 「……なんで俺だけ」  昔から、ずっと思っていることである。 「……クソッ」  理不尽だ、と世界への恨み言を噛み殺し、今日も学び舎へ向かう。道行く人の色の中で白のシルエットなど、数える程もいない。  それも、いつも通りだ。 **********
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