安是の女

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安是の女

 安是(あぜ)の里では、恋をした女は光る。  これは比喩でもなんでもない。つきのものを迎えてしばらく、子を宿す準備が整った女は、意中の男を前にすると身の内から光を発するようになるのだ。  最初はか弱く、ぽっとかすかに、いかにもおぼこく。歳月を経て女の身体が成熟するにつれ、光は輝きを増す。隠し切れぬほどに光を滴らせてすっかり準備が整った女は、男の前で衿を掻き開き、囁くのだ――貴方が光らせたこの身体、貴方でなければ鎮められぬ、と。  男は心ときめかす。恋心を膨らませ、こんなにも光に濡れた女を愛いやつと。  女は心得ている。この甘く誘う光を、自尊心と支配欲から男が拒否できないと。  こうして一対の幸福な夫婦が出来上がり、子が誕生し、里は緩やかに繁栄を続ける。それがずっと昔から連綿と受け継がれてきた安是のことわりだった。  かすみは数えの十八。とっくの昔に初潮を迎えていたが、この歳になっても里男に光らない。普通ならば十から十五、どんなに遅くったって十六には光り始めるというのに。  かすみは〝滓の実〟。あるいは〝幽の身〟。     
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