10966人が本棚に入れています
本棚に追加
/328ページ
第58話 side kira
今日は、清水部長んとこだ。壁ドン以来。
麗佳が行くのも嫌だけど……恥ずかし過ぎて憂鬱だ。
筋は通そう。礼は言わないと。
「清水部長、何て言っていいか……ありがとうございました。……すみません、この前」
謝罪から入ると、清水部長は気にする素振りもなく意外そうに言った。
「あー……何が? もっとニヤけて来るのかと思ったら、そんな顔して」
ニヤけて?まさか!全く笑えない。
「あの状況で、手……出さずにいて下さいましたよね」
彼は少し驚くと
「買い被りすぎ。他の男を好きな女を抱く趣味はないって言っただろ? 」
「でも、そうしてくれた。出そうと思えば出せたはずだ」
あのホテルで一晩過ごして、何もないなんて……俺と麗佳の為以外、なにものでもない。
「虚しいだけだろ、こっちが」
「譲ってくれた」
彼は、ため息をついて続けた。
「譲るも何も、元々君のものだよ。彼女の気持ちは」
「あなたが本気出せば、誰でも落とせたはずだ。でも、しなかった。……感謝してます。背中、押してくれた事も」
情けない、俺の。
「まぁ、壁ドンはされるよりする方がいいかな」
ぶわっと、顔が熱くなるのが分かった。
「……すみ、ません」
「だから、『君が代わりに行く?』って聞いたのに、物凄い早さで走って行くんだもんなぁ。あれは、俺には追い付けない」
からかうようにそう言われ、全くばつが悪い。
「え? 本気で取ってたんですか? あそこ……」
「いや、貰ったんだよ。会社からインセンティブ。まあ、ただのスライド品だけどね。せっかくだから、君たちにプレゼントしようと思ったのに。俺はわざわざ金曜に、会社の近くなんて泊まりたくないんでね」
それは、いえる。
「……普通にそう言って下さいよ。かかなくていい恥かいちゃったじゃないですか」
「それ以上にいい夜過ごせただろ? ……君の方も、以前のあの夜はどこに泊まったかは、突っ込まないでおく。お互い様ということで」
「……はい。ありがとうございます」
お見通し……もう、流石すぎるな。確かに、早朝にスーツであんなとこにいるのは不自然だ。
「いーえ、良かったね」
「すみません。そういえば、そのホテル……一人で泊まったんですか? 」
「いや……あー……えっと……」
「何? 」
急に歯切れが悪い彼に、眉を寄せる。
こっちを見ると
「……彼女が……付き合ってくれた……んだ」
「は? 彼女……? 」
“彼女”は……いないだろ?出来たのか?彼女……って……その時、あの日の残像が脳裏に浮かんだ。
「まさか! 」
「ああ、うん」
「うっわー、めちゃめちゃ面食いですね、清水部長」
麗佳さんに……湊……とくれば。
「いや、君に言われたくない」
「僕は顔だけじゃ……」
「俺も、だよ」
「あーまぁ、湊も確かに」
彼を真っ直ぐに見ると
「大事にして下さいね」
そう言った俺に
「約束、する」
彼は真っ直ぐにそう言った。彼は……彼なら大丈夫だ。
「なんだよ、あいつ……やるじゃん」
めちゃめちゃいい男捕まえんじゃん。しかし……あの一瞬でかぁ。
すげえな。清水部長。んで、そのままホテルかよ。やっぱりな、何もしないでいてくれたんだ。麗佳さんとのあの日は。
……良かったなぁ。湊も。俺に報告の連絡ないけど……。
何だよ、あいつ。
最初のコメントを投稿しよう!