第49話 side kira

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……知ってた。知っていた。知っていたんだ。 少なくとも、あのイヴの夜から……彼女は俺が好きなのだと。 指切りのように繋いだ小指から、伝わる熱に、胸が高鳴った事も。彼女はずっと“今の”俺を見ていてくれた。こんな、情けない俺を……。 なのに俺は、ずっとずっと過去に囚われ、過去に向き合っていた。ようやく“今”に戻った時には、彼女はもう手の届かない場所へと進んでいた。『今更』彼女がそう言ったように。 バカだな。本当……バカだ。あの日、どんな気持ちで麗佳さんは清水部長の元へ行ったのだろう。どんな気持ちで彼と一夜を過ごしたのだろうか。前に進み始めた彼女に、俺が言える事など……何も無い。何も、無いんだ。 清水部長は男から見ても魅力のある人だ。俺も、このわだかまりがなかったとしても 彼の事は人間として、好きだ。その部長と関係がある。そんな彼女に触れる事は、もう無理なんだ。だから、二人がこのまま上手くいくことを、望むだけだ。 ただ、少し……何だろう。整理のつかない気持ちが胸に押し寄せる。 気持ちの整理がついたのだろう、彼女からの、すでに過去となった、気持ちの告白によって。 僅かに残る、彼女の香りに彼女の入れてくれたコーヒーの香りが混ざる。ここが、会社だということも忘れ、机に突っ伏した。 忘れなければ……。何もなかった。俺たちには。なのに、忘れたくなくて、想い出になって消えてしまう前に。新しいページに描いた。『今更』俺を好きだと言った、彼女の綺麗な笑顔を。俺を想って、笑ったその顔を。 バカだな。目の前が次第にぼやけだす。水中にいるみたいだな。視界がぼやけてるってのに、彼女の笑顔だけは、はっきり見えた。 ほんと、バカだ。
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