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────週明け
結局、髪は切らなかったけれど、暖かくなってきた気温に合わせ、いつも下ろすだけの髪を、軽く巻き、緩くまとめた。少し、気分も変わる。いつもは髪があるその場所に、風が触れる。
出勤すると、まだ吉良くんだけだった。私に気づいた彼が少し気まずそうに挨拶をする。
「おはよ」
「おはよう、いい天気ね」
出来るだけ明るく、そう言った。
「えー、ああ。そうだね」
「あのね、吉良くん……もう一つ……聞いて欲しい話があるの」
「いいよ、もう。……知ってる」
彼は私を見ずにそう言った。やっぱり、あの事を知ってるのだと悟る。
「うん、でもね……聞いて欲しいの。ちゃんと、私の口から言いたい」
そこでようやく彼は私の方を見た。
「……分かった」
「少し、時間作って」
彼から目を逸らさずに、そう言った。
「最優先じゃなくてもいいから、必ず聞いて欲しい」
「わかった」
それから、一人二人と出勤してフロアが賑やかになった。そう、いつでもいい。聞いてもらえるなら。もう、逃げはしないから。
「……麗佳さん、その髪型、綺麗だね」
誰がいようと、彼は変わらず息をするように褒める。だけど、きっと本心で……もちろん下心もない。これが、自然な彼なのだろう。
「うん、ありがとう。ちょっと、首が寒いかな」
そう言って笑った。私服はなるべく、スカート。あれ以来そうしてる。自分の為に。
吉良くんと話す時には、湊ちゃんと選んだあのワンピースを着よう。そう思って業務に集中した。
昼から、清水部長のところへも行く。報告が、物凄く中途半端になるけれど
──
「で? 今日忙しいから、手短に聞くわ」
「思いは伝えました」
「で? 」
「……ごめんって……」
彼の顔がみるみる強ばる。
「それは……」
「あ、でも……私やっと皆や俊之さんのアドバイスの意味が分かって。その話をもう一度彼に……誤解、誤解ではないのだけど……」
「誤解だよ。麗佳。誤解だ」
「でも……」
「時には、何もかも正直に言わない事の方が優しい時もある」
「でも……」
「総称して、誤解って言うんだよ」
「そう……なの……かしら」
「そうだ。俺の方が長生きしてるんだ、経験も豊富、間違いない。な? 」
「ええ」
「次! 次は頼みます」
「はい! 」
「……ところで……」
「はい? 」
「その髪型いいね、綺麗だ」
……この人も……。
「ありがとうございます、清水部長。あなたも素敵です。今日も」
本当に、素敵な人。にっこり笑ってそう言った。
年度末の今月はどう転んでも忙しい。そのままバタバタと日にちが過ぎていった。
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