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──横の男は、ここ最近上機嫌だ。涼しい顔して上機嫌。
『お前とは付き合ってないって佳子ちゃん』
どうなったのか知らんが、出勤のエレベーターの中で二人して生欠伸。生々しい……。ま、良かったな。 相変わらず、ライバルは多いし、俺も佳子ちゃんにはやきもきするけど……俺の視線を感じたのか
「何だよ」
「いや、幸せそうで……」
羨ましい。その一言が言えなかった。
「飯、奢るのはまだなのか? 」
「あー……―奢って貰えそうに……ない」
そう言った俺に何かを察したのか
「お前は、格好つけだからな」
ボソッと言った。
「はい? 」
「恥くらい、晒してこい」
「お前は……? 」
俺がそう聞くと、結城は手を止めて……天井を見上げる。
「思い出すのも憚られるほどの……恥を晒してきた。ここまで来るのに」
「え……」
こいつが?何をしたんだ?
「絶対、言わない」
「何だ、それ」
「みっともないもんだ、本気って」
「……」
「お前が、そう言ったんだ」
「ああ、そうだったか」
「お陰で、今がある」
「……」
「本当に好きな女性を抱くってのは……いいもんだぞ」
……生々しい……事を。あー、でも珍しいな。こいつが、こんなに喋るの。
「晒してから、駄目だったらお前だけに奢ってやる」
「……んー……そうだな」
確かに、格好いいとこ見せて貰ったもんな。あーでも、こいつも佳子ちゃんにはみっともないとこ見せたんだ。
……何をしたんだろう。このAIが。恥を晒して、今がある。か……。
そうか……
「晒してみるかぁ」
そう言った俺に、ふっ。と微笑みまたカタカタとキーを叩く音だけがして、仕事に戻る。
俺に遠慮して佳子ちゃんを諦めようとした結城を馬鹿じゃないのかと思ったが、今ならわかる気がした。
そして、俺がそうされるのに苛立ちを覚えたように……彼も『何があったか 聞いて欲しいね』そう言ったあの人も、そうなのかもしれない。
……触れたい。そう思う気持ちは今も……。いつか、彼女に触れた手を握りしめた。まるで、決心が逃げないように掴んだみたいに。強く。
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