第51話 side kira

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今月は忙しい。それは、大抵の会社はそうだろう。そして、ここも例外ではない。むしろ、物凄い忙しいだろう。こっちの会社は。というか、この人は。 この日は、ここ、清水部長のところへは俺が来た。 この人が相手じゃなければ……こんなに悩む事はなかったかもしれない。いい男だ。この人と付き合えれば彼女も幸せだと思う。 無駄な会話もなく、前回同様、淡々と仕事をこなした。この人と気まずくなるのは、俺の本望ではない。この人は、そんな私情を挟まないだろうけど。 仕事が終わり 「では、失礼します」 そう言って、そのまま帰ろうとする俺を彼が止めた。 「あー、今日は俺も終わりなんだ。待ってて」 何かを含ませるようなニュアンス。この忙しい時期に……この時間で終わり?考え付くのは、彼女と会うのだろうこと。 ……嫌な……もんだな。彼と共に商談ルームを経て、下に下りる。 「君、今日は? 」 「これから、友人とそこで会うだけです」 恐らく、この会社前くらいで湊が待ってる。 「ここ、友人の会社から近いんで。清水部長は? 」 敢えて、聞いた。多少の苛立ちはあったかもしれない。だけど、俺を気にするなと言う意味合いでも。 「あー……実は、今日もそこのホテル取ってるんだよね。……この前よりランク上げた部屋」 ……なぜ、俺にそんな事を敢えて言ってくるのか。気にするなとは、思ったが、ここまでは聞きたくない。勝手にすればいい。 この前の、ホテル(そこ)から出てくる二人の姿を思い出す。こみ上げるのは、怒りなのか、嫉妬か……それとも…… 「なんなら、君が代わりに行く? 」 その言葉に、ただでさえ穏やかではなかった胸の内で、何かが破裂した。代わりというのは……いつもの、バンコランなジョークのつもりなのだろう。 だけど……ジョークも流せないほどに、押さえきれなかった。 彼の胸に手を当てて、エレベーターホールの大きな観葉植物の陰に追いやった。最後の 冷静さが、せめて人気のないところへと動かした。 そんな俺に、清水部長はもう少し、奥へと入った。余裕、自信……。俺のこんな行動にも、動揺することなく。 「何? 」 「恥を承知でお願いします」 彼の胸から俺の手に、俺の鼓動と反した、冷静な鼓動が伝わる。 「引いて貰えませんか? 」 清水部長の目が、穏やかに細められた。 「君、無理なんじゃなかった? 」 「構いません」 彼の目を見据えて言った。 「そんな事、どうでもいい」 誠意を込めて、言った。それが、どういう事かわかっている。 「譲って下さい。絶対に、幸せにします」 しばらく、お互い鋭い視線を交わす。ふっと清水部長が脱力した。 「……分かったよ」 両手を上げて、降伏のジェスチャー。彼の言葉に、やっと動く事が出来た。同時に、安堵のため息が漏れる。 「条件がある」 「……何でも……」 何でも聞くつもりだった。……なのに 「君も、幸せになることだ」 彼はそう言った。ああ、こういう人だ、この人は。彼に笑顔を返した。 「感謝します、清水部長」 ふと…… 「……清水部長にも誰か……」 って、今言うのは可笑しいな。 「結構だ」 そう言って、彼も笑った。 「まあ、男に壁ドンってのも悪くないな」 「そんな、若い言葉、ご存知なんですね」 ……壁ドンとか。案外経験者か?威圧感半端ないな。それに……誰でも落ちる。この人にされたら。 彼と同時にビルを出ると 「吉良くん! 」 声、デカ。ちょっと、忘れてた、湊だ。 湊は、俺が一人じゃなかった事に気づくと恥ずかしそうに一礼した。
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