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「……湊」
「ありがとう。これ」
そう言って、湊は俺に最後のハンカチを渡した。
「うん。あ、俺……今から行かないといけないんだ。……その」
そこまで言うと、湊はわかってくれた。……誤解、解いてくる。俺の目を真っ直ぐに見て
「うん、いってらっしゃい! 」
湊はとびきりの笑顔でそう言った。
「ああ、じゃあな! 湊、また! 」
「清水部長! 失礼します! 」
その場の二人にそう言って……待ちきれなかった。清水部長を待っているだろう彼女の元へ、走った。……どこにいるか、知らなかった事にも気づかずに。すぐにスマホを取り出すと、名前を表示させ、コールする。
胸が……高鳴る。出ねぇ。止めてくれよ、出ないとか。結城じゃあるまいし。
心配をよそに、すぐに折り返しがあった。
『もしもし? 吉良くん、どうし……』
「どこ!? 今、どこ!? 」
『えっと……まだ会社を出たあたり……だけど? 』
「動くな、そこ。そこにいて。すぐ行く」
電車を待つのも煩わしい。だけど、タクシーより電車が一番早いだろう。電車を降りると、また走りだした。
いた!
いつか、一緒に見た巨大な木のベンチに座っていた。
「麗佳! 」
名前を呼んで、駆け寄った。説明しなきゃならない。清水部長の事、それに、俺の気持ち
それに……それに……
驚いた顔で立ち上がった彼女を抱き締めた。いや、表現としては抱きついた、が正しい。薄暗いとはいえ、外だし、会社の近く。
いや、それ以前に……彼女はまだ清水部長の恋人だ。
なのに気づけば、自分の腕に入れていた。梓に受けたアドバイスも、頭から吹き飛んで。ただ、温かい。彼女の温もりといい香り。この上なく、そそる。彼女の……特別な香り。
「ちょっと、吉良くん! 」
麗佳さんがそう言って、なかなか離さない俺の背中をパシパシ叩く。
「あ……ごめん」
「話を、聞いてくれるんじゃないの? 」
……あ、そうか。面倒臭いな、もう。どうでもいい。
「それに、前からあなたに言いたかったのよね」
「何? 」
「いいですか? ここはイタリアではありません」
イタリア?……どっかで聞いたな。
「恋人でもない女性に抱きついては駄目。それに、手を繋いだり、その……思わせ振りな事も」
「……好きな人なら、いいの? 」
「同意が必要でしょ? 一般的には」
「一般的って……? 」
「あなたの場合、嫌がる女性はいないでしょ。例外はあるかもしれないけど……」
「例外……」
「佳子ちゃんとか、るなちゃんとか……」
……抱きつきませんけど……。
「麗佳は、例外じゃないよね」
そう言って、また抱き締めようと伸ばした腕を避けるように、ぐいぐいと胸を押し返された。そこを力でぐいぐいと……。やがて、彼女も諦めたかのように脱力した。
「麗佳……好きだ。もう、好きだ! 好きだ! 麗佳! 好きだ! 」
彼女の髪に顔を埋め、そう言った。もう、止められなかった。気持ちが、溢れ出す。軽く持ち上げるように、強く強く抱き締めた。彼女はやっぱり俺を押し返すと
「ほら、そういうのも……」
と、眉を寄せて言った。
「だから、好きだって。好きなの、麗佳が。俺の彼女に……」
そこまで言って、思い出した事があった。
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