第51話 side kira

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「……湊」 「ありがとう。これ」 そう言って、湊は俺に最後のハンカチを渡した。 「うん。あ、俺……今から行かないといけないんだ。……その」 そこまで言うと、湊はわかってくれた。……誤解、解いてくる。俺の目を真っ直ぐに見て 「うん、いってらっしゃい! 」 湊はとびきりの笑顔でそう言った。 「ああ、じゃあな! 湊、また! 」 「清水部長! 失礼します! 」 その場の二人にそう言って……待ちきれなかった。清水部長を待っているだろう彼女の元へ、走った。……どこにいるか、知らなかった事にも気づかずに。すぐにスマホを取り出すと、名前を表示させ、コールする。 胸が……高鳴る。出ねぇ。止めてくれよ、出ないとか。結城じゃあるまいし。 心配をよそに、すぐに折り返しがあった。 『もしもし? 吉良くん、どうし……』 「どこ!? 今、どこ!? 」 『えっと……まだ会社を出たあたり……だけど? 』 「動くな、そこ。そこにいて。すぐ行く」 電車を待つのも煩わしい。だけど、タクシーより電車が一番早いだろう。電車を降りると、また走りだした。 いた! いつか、一緒に見た巨大な木のベンチに座っていた。 「麗佳! 」 名前を呼んで、駆け寄った。説明しなきゃならない。清水部長の事、それに、俺の気持ち それに……それに…… 驚いた顔で立ち上がった彼女を抱き締めた。いや、表現としては抱きついた、が正しい。薄暗いとはいえ、外だし、会社の近く。 いや、それ以前に……彼女はまだ清水部長の恋人だ。 なのに気づけば、自分の腕に入れていた。梓に受けたアドバイスも、頭から吹き飛んで。ただ、温かい。彼女の温もりといい香り。この上なく、そそる。彼女の……特別な香り。 「ちょっと、吉良くん! 」 麗佳さんがそう言って、なかなか離さない俺の背中をパシパシ叩く。 「あ……ごめん」 「話を、聞いてくれるんじゃないの? 」 ……あ、そうか。面倒臭いな、もう。どうでもいい。 「それに、前からあなたに言いたかったのよね」 「何? 」 「いいですか? ここはイタリアではありません」 イタリア?……どっかで聞いたな。 「恋人でもない女性に抱きついては駄目。それに、手を繋いだり、その……思わせ振りな事も」 「……好きな人なら、いいの? 」 「同意が必要でしょ? 一般的には」 「一般的って……? 」 「あなたの場合、嫌がる女性はいないでしょ。例外はあるかもしれないけど……」 「例外……」 「佳子ちゃんとか、るなちゃんとか……」 ……抱きつきませんけど……。 「麗佳は、例外じゃないよね」 そう言って、また抱き締めようと伸ばした腕を避けるように、ぐいぐいと胸を押し返された。そこを力でぐいぐいと……。やがて、彼女も諦めたかのように脱力した。 「麗佳……好きだ。もう、好きだ! 好きだ! 麗佳! 好きだ! 」 彼女の髪に顔を埋め、そう言った。もう、止められなかった。気持ちが、溢れ出す。軽く持ち上げるように、強く強く抱き締めた。彼女はやっぱり俺を押し返すと 「ほら、そういうのも……」 と、眉を寄せて言った。 「だから、好きだって。好きなの、麗佳が。俺の彼女に……」 そこまで言って、思い出した事があった。
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