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第53話 side kira
『初日に、下の名前呼び捨てにするな』
『いきなり、“俺の彼女”とか言わずに、付き合って下さいと言え』
『一般的なステップを踏め』
『ここは、日本だ、イタリア人め』
梓に受けた忠告。イタリアはともかく……
あれ、すでにヤバいな。
「どうしたの? 」
随分綺麗な顔が間近にあって、キスしたい衝動を押さえて押さえて……
えっと、なんだっけ。
「えー……麗佳さん? 」
「何かしら」
「僕と、付き合って貰えませんか? 」
「……」
あれ、反応、なし。
「あの……」
彼女はふっと微笑むと
「本当、軽いわね」そう言った。
何だよ、結局そう言われるのかよ。それならもう、好きにしちゃおうかな、なんて。あ、返事、スルーされてる。
急に、麗佳さんの目が泳ぎ出す。今、理解したみたいだ。そうか、清水部長と会うつもりしてたんだよな。清水部長には俺から話をしている。……え?何だ……麗佳さんと、話が噛み合わない。
……まさか。思い当たるのは、麗佳さんと彼は……仕事以外で付き合いはないだろうということ。
うわぁ、やられた。あの……タヌキオヤジ……。ため息をついて脱力した。力が抜ける。そのまま彼女の肩に頭を預けた。
「どうしたの? ねぇ? 」
彼女がそっと、俺の髪を撫でる。その手が止まった。相変わらずずれてるし、ワンテンポ遅れてるし、意味もわかってないし。ド天然炸裂。
「気づくの、遅」
そのまままた、彼女を抱き締める。
「ずっと……こうしたかった」
そう言った。全身から溢れる喜び。触れられる。それに……触れていい。温かい。
「でも、ここは、外だし、会社の近くだわ。大人としてどうかと思うの。見られたら、どうするのよ」
せっかくの幸せを大人の部分が邪魔をする。まぁそうなんだけど。ここは、イタリアじゃないらしいし。
「いいんじゃない? 美男美女だし……」
笑って言った。努力してるって、相変わらずななめな彼女の返答に
「じゃあ……見せてくれない? 」
「何を? 」
「その、努力の……賜物」
『一般的なステップを踏め』
梓が、頭の中で注意してくる。
すいませんが、一般的というものが、どのようなものか……。どちらにせよ、僕には無理です。頭の中で、梓が呆れた気がしたけど、笑顔に変わった。
麗佳さんの顔を伺うように見ると、彼女の手を手を取って歩き始めた。
「これ、もう外れないんだ」
絡めた手を持ち上げて、そう言った。触れていたい。ずっと……もう、離したくはない。
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