第53話 side kira

1/5
前へ
/328ページ
次へ

第53話 side kira

『初日に、下の名前呼び捨てにするな』 『いきなり、“俺の彼女”とか言わずに、付き合って下さいと言え』 『一般的なステップを踏め』 『ここは、日本だ、イタリア人め』 梓に受けた忠告。イタリアはともかく…… あれ、すでにヤバいな。 「どうしたの? 」 随分綺麗な顔が間近にあって、キスしたい衝動を押さえて押さえて…… えっと、なんだっけ。 「えー……麗佳さん? 」 「何かしら」 「僕と、付き合って貰えませんか? 」 「……」 あれ、反応、なし。 「あの……」 彼女はふっと微笑むと 「本当、軽いわね」そう言った。 何だよ、結局そう言われるのかよ。それならもう、好きにしちゃおうかな、なんて。あ、返事、スルーされてる。 急に、麗佳さんの目が泳ぎ出す。今、理解したみたいだ。そうか、清水部長と会うつもりしてたんだよな。清水部長には俺から話をしている。……え?何だ……麗佳さんと、話が噛み合わない。 ……まさか。思い当たるのは、麗佳さんと彼は……仕事以外で付き合いはないだろうということ。 うわぁ、やられた。あの……タヌキオヤジ……。ため息をついて脱力した。力が抜ける。そのまま彼女の肩に頭を預けた。 「どうしたの? ねぇ? 」 彼女がそっと、俺の髪を撫でる。その手が止まった。相変わらずずれてるし、ワンテンポ遅れてるし、意味もわかってないし。ド天然炸裂。 「気づくの、遅」 そのまままた、彼女を抱き締める。 「ずっと……こうしたかった」 そう言った。全身から溢れる喜び。触れられる。それに……触れていい。温かい。 「でも、ここは、外だし、会社の近くだわ。大人としてどうかと思うの。見られたら、どうするのよ」 せっかくの幸せを大人の部分が邪魔をする。まぁそうなんだけど。ここは、イタリアじゃないらしいし。 「いいんじゃない? 美男美女だし……」 笑って言った。努力してるって、相変わらずななめな彼女の返答に 「じゃあ……見せてくれない? 」 「何を? 」 「その、努力の……賜物」 『一般的なステップを踏め』 梓が、頭の中で注意してくる。 すいませんが、一般的というものが、どのようなものか……。どちらにせよ、僕には無理です。頭の中で、梓が呆れた気がしたけど、笑顔に変わった。 麗佳さんの顔を伺うように見ると、彼女の手を手を取って歩き始めた。 「これ、もう外れないんだ」 絡めた手を持ち上げて、そう言った。触れていたい。ずっと……もう、離したくはない。
/328ページ

最初のコメントを投稿しよう!

11007人が本棚に入れています
本棚に追加