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『ふふ』
「年賀状、届いたよ。貴女からもらったのって、小学生の頃以来じゃないかな。どうしたの? 突然」
『狩野くんの声が聞きたくなっちゃって』電話の向こうで圭子は笑いを堪えているような声で言った。『って言ったら信じる?』
「信じたいよ」翔弥は笑った。「でも、よくこの番号がわかったね」
『友だちに訊いたの』
「そう」
『ほんとに久しぶり。ねえ、狩野くん、近いうちに会えないかな』
「えっ?!」
『電話で貴男の声を聞いたら、本物の貴男に会いたくなっちゃった。これはまじめな話』
「い、いいけど……、」
『明日、とか、だめかな』
「え? 明日? ずいぶん急な……」
『ごめん、急だよね。でも私、しばらくしたらちょっと忙しくなって、時間がとれなくなりそうなの』
「た、たぶん大丈夫だと、思うけど……」翔弥は少し考えて、決心したように言った。「いいよ。明日。どこかで待ち合わせしようか」
『ほんとに? 嬉しい。じゃあ、明日の夕方6時、駅の前の掲示板のところで待ってる』
「わかった」
『ごめんね。お正月早々、狩野くんもいろいろ用事、あるんでしょ?』
「あれば退屈しないんだけどね」翔弥は笑った。電話口で圭子も笑った。
◆
明くる日、朝の食卓を家族と共に囲んでいた翔弥は、少し躊躇いがちに口を開いた。
「今日、急に同窓会が入っちゃってさ」
「ふうん」妻は翔弥に目も向けずに言った。
「ゆ、夕方からなんだけど。大丈夫かな」
「別に何もないわよ。和子も今日から部活でしょ?」
みかんを剥きながらその高校生の娘は言った。「そうなんだよー。まったくこんな正月から……」
「帰り、遅いのか?」翔弥は娘に訊いた。
「部活の後、新年会なんだって。食事して、カラオケ行って……。たぶん遅くなる」
「そうか……」
厚手のジャケットを羽織って、翔弥は駅までの道を歩いた。「陽が傾くと、さすがに寒いな」彼は独り言を言って襟を立てた。
小学校の近くにある公園のそばを通り過ぎる時、翔弥はふと立ち止まった。公園では小学生ぐらいの二人の姉妹がブランコをこいでいた。
「もう暗くなるのに……」一言呟いて、彼はまた歩き始めた。
駅が見えてきた。翔弥は、ここしばらく感じていなかった胸の高ぶりを覚えていた。
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