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駅舎に入って、圭子と約束した掲示板辺りに目をやった。黒縁の眼鏡を掛けた高校生が一人、スマホをいじりながら立っていた。翔弥は腕時計を見た。「5時45分……」
その時、翔弥は肩を軽くぽんと叩かれて、振り向いた。黒い瞳の女性が立っていた。少女のようにあどけない笑顔は、彼の心の奥にしまわれていたものとすぐに重なった。
「あ、け、圭子さん……」
「狩野くん。早かったね」
小さなテーブルをはさんで、圭子と翔弥は向かい合っていた。
「ほんとにごめんなさい。急に呼び出したりして」圭子は申し訳なさそうにそう言った。
「平気だよ」翔弥はコーヒーカップを手に取った。「でもさ、貴女はあの頃から全然変わってないね」
「あの頃って?」
「中学の時」
「嘘だー。だって、私、もう40だよ。いいおばさんじゃない」
「いや、ほんとだって。っていうか、僕の中の貴女のイメージは、ほとんど変わってない、っていうか……」
「狩野くんが、私に告白した時のこと、まだ覚えてるよ」圭子が少し小さな声で言った。
「僕は一生忘れない」翔弥は笑いながらコーヒーをすすった。
「私があの時、貴男の気持ちを受け入れていたら、人生が変わっていたかもね」
「大げさだよ」
「落ち込んだでしょ? あの時」
「うん。すっごく悲しかった。でも仕方ないよ。貴女にとって、僕がつき合うに値しない男だったってことだからね」
「ごめんね。悲しい思いをさせちゃって」
「思春期の甘酸っぱい思い出ってとこだよ。今の貴女が謝ることじゃない」
「でも、」圭子が目を上げて翔弥を見つめた。「もし、貴男が私といっしょになってたら、やっぱり私、貴男に悲しい思いをさせちゃってた。きっと……」
「え? どういうこと?」
圭子は答えず、じっと翔弥の目を見つめた。彼女の瞳にきらめくものが宿っていた。翔弥の胸が疼き出した。
圭子はうつむき、白く細い指で目元を拭った後、小さな声で言った。「何でもない。ごめんね、変なこと言っちゃって」
翔弥は焦ったように再びコーヒーカップを手に取って、底に残っていたものを飲み干した。冷たい苦さが舌を刺激した。
「狩野くん、この後、用事ある?」
「え?」
「お酒、飲もうよ」
「え? いいの? 僕は平気だけど、圭子さんは大丈夫? 家の人が心配したりしない?」
圭子は笑った。「40にもなったおばさんを心配してくれる家族なんて、いないよ」
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