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カウンターに並んで座った二人は、肩同士が触れ合いそうな程、身体を寄せ合っていた。
「僕はね、圭子さん」
「はい」
「たぶん、生まれて初めて本気で女性を好きになったのが貴女だった」
「私、知ってるよ。狩野くん、実は小学校の五年生ぐらいから、私のこと気にしてたでしょ」
「ばれてた?」
「狩野くんって、不器用だったからね。言葉や態度ですぐにわかってた」
「背も低くて、運動も苦手で、丸坊主で冴えない自分のことなんか棚に上げちゃってさ、本当に厚かましいよね」
「なんで? 人を好きになるのに、自分の容貌なんか気にしちゃだめでしょ」
「それに、好きな人に告白する勇気も持てないまま中学校に上がって、そのまま二年生まで悶々としてたからね」
「私、ヒドイことしちゃったね。今になって思えば、狩野くんの気持ちをずいぶん弄んでたような気がする」
「そんなことないよ。僕が勝手に悶々としてただけだから。貴女が気にすることじゃない」
「三年も、だよ? 私を三年も想い続けてくれてたんだよ? 狩野くんって、すごいよ。なのに、私、あっさりごめんなさい、って言っちゃったんだもの……」
翔弥は目の前にグラスに目をやった。「しかたないよ……」
「私、正直言ってあの時は、狩野くんとつき合う気はなかったのかも知れない。でも、少なくとも貴男のことを嫌ってはいなかった」
「え? 本当に? だって、千恵のやつ、僕に『圭子は狩野くんのことが、嫌いなんだよ。』って言ってきたんだよ」
「そうなの? 千恵、そんなこと言ったの?」
「そうさ。だから僕はその日から約一週間、ほぼ腑抜け状態だったね。あまりのショックに」翔弥は水割りのグラスを手に取って、中の氷をカラカラと鳴らした。
「誤解が解けて良かった。私、あの時も、その後もずっと、貴男を嫌いだって思ったことなんかないよ。逆に尊敬してた」
「え? 尊敬?」
「貴男の絵、たしか読書感想画だったかな、あの廊下に貼り出されてた貴男の絵を見たとたん、私やられた、って思ったもん」
「読書感想画、って言ったら……、ああ、『星の王子様』の絵だね。覚えてる覚えてる」
「そう、あの絵。砂漠にたたずんで夜空を見上げてる少年の絵。画面の片隅に立っているその王子様は、こっちに背中を向けてて、表情が見えない。それが見る者の想像力を掻き立てる。そうか、絵って、思いを全部描いちゃだめなんだ、ってその時強烈に思ったんだよ」
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