第1章

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「そう……」  翔弥は圭子の身体を抱いたまま、しばらく言葉を発することができないでいた。心なしか圭子の背中の冷たさは、次第に肩や胸の辺りまで広がっていっているような気がした。 「君が小学生の時に短冊に書いた『真っ白なキャンバスに描いてみたい』っていう、言葉。僕は忘れていない」 「ほんとに? よく覚えてるね」 「好きだったから。貴女が」 「うん。『貴女』……。その距離に戻ろう。私のこと、もう『君』なんて呼ばないでね」  圭子がどうしてそんなことを言うのか、翔弥には理解できなかった。 「私、まだあの夢、実現させてない。っていうか、実現できなかった」 「どうして? 絵の勉強、ずっと続けてたんでしょ?」 「うん。目標は100号のキャンバスに思いっきり描くこと」 「100号! そりゃすごい! でも、もう十分そのくらいの腕はあるんじゃないの?」 「絵の勉強してるとね、もっと上達してから、まだまだ技術が足りない、ってどこまでも欲が出てきて、先延ばししちゃうんだ。狩野くんだってそうじゃないの?」 「僕はもう長いこと絵からは遠ざかってるからね。でもわからないでもない。その気持ち」 「自分が自分に満足できたら、ってずっとそのまま」 「描いてみなよ。だめだって思ったらまた描けばいいじゃん」 「何かね……。私の拘りっていうか……」 「そうなんだ……」翔弥は目を閉じた。  圭子の息は、穏やかさを取り戻していた。 「圭子さんは、どうして僕を誘ったりしたの?」 「……」 「っていうか、どうして急に僕を思い出したりしたの?」 「記憶……」 「記憶?」 「私はずっと独身だった。でも、別に好きな人がいなかったわけじゃないし、つき合った人も何人かいた」  翔弥は圭子の目を見つめてうなずいた。 「あのね、私、貴男に抱かれていながら、今さらこんなこと言うのも変なんだけど、」 「うん」 「私、自分の人生の中で、特別貴男に対して熱烈な恋心を抱いていたわけじゃない」 「……」 「今も、昔も、貴男が一番好き、っていうわけじゃなかった」 「……答になってないよ」 「そうだね。でもね、私、ただ身体を満足させて欲しくて貴男を誘ったわけじゃないの」 「そう……なの」 「貴男はどう? 私の身体で気持ち良くなるためだけに、ここに来たの?」
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