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 僕の職場である四つ葉ベーカリーに、大好きな人がやってきた。四つ葉ベーカリーの中で一番若い十七歳。お話が大好きで、いつもにこにこしている女の子。冬休みになったから、四つ葉ベーカリーに遊びに来ている。  職場のみんなが、ひろちゃんと呼んでいるので、僕もひろちゃんと呼んでいる。職場のみんなと言っても、僕を含めて四人しかいない、小さなベーカリーだ。  ひろちゃんには、不思議なところがたくさんあって、とくに不思議なのが、僕に話しかけてくれること。僕に話しかけてくれる人なんて、ひろちゃん以外いなかったから、最初に話しかけてくれた時のこと、今でもよく覚えている。  その時のことは、教えてあげない。僕とひろちゃんだけの大切な思い出だから。  一つ教えてあげられることがあるならば、僕の焼いたパンを、美味しかったと言ってくれることと同じくらい、あの時は嬉しかった。  起きて、パンを焼いて、眠りにつく、つまらない毎日だった僕に、四つ葉ベーカリーのことと、窓から見える外のことしか知らない僕に、ひろちゃんはプレゼントをくれたのだ。  ひろちゃんが話しかけてくれるようになって、本当にいろいろなことを知ることが出来た。感情というものも、僕は知らなかったけれど、ひろちゃんのことを知れば知るほど、理解出来るようになった。  けれど、まだまだわからないことが、僕にはたくさんあるみたいだ。ひろちゃんは今、何かに悩んでいて、苦しんでいるみたい。そういうときが、ひろちゃんにはよくあるけれど、今回は、いつもと違う気がした。
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